4.王家の騎士 -4-
隣の部屋で二人の会話を聞きながら、俺はわりと驚いていた。
ユキムラと王の間ではそういう約束があったらしい。ユキムラはこの国でずっと生きていくのだろうと勝手に思っていた。帰国する予定があったとは。
「そのつもりでいましたが、少し迷いが出てきました。弟子の行く末を見届けねばならない、そんな気がしましてな」
……つまり、俺が何かしでかせば責任を取って即対応できるようにとか、そういうことだろう。
俺を野放しにするのは、何があっても対応できる自信があるからか?
「そうか。そなたがこの国に残り、アヤトと共に王子を導いてくれるなら、予も安心して逝けるのだが。とにかく、ひとまずあれを見極めねばならんな」
「アヤトを夜会に出すというのは、王女殿下を試金石にされるおつもりですか?」
「左様、王女と引き合わせる。あまりにカルカーンとの絆が強ければ、ジルムーンが自然と遠ざけよう」
遠ざけられたら、どうなるんだ。
「……アヤトが王女殿下に厭われた場合は?」
聞きたいと思っていたことをユキムラがタイミングよく尋ねてくれた。
そうだなあ、と王が呟いた。
「手放すのは惜しいが、地方に送るのがいいであろうな。カーンの暴走を止めるどころか引き金になりかねん。異世界の知識であれば、竜の巫女からもある程度は得られる。まあ、当の巫女があれでは難儀であろうが」
王女次第で俺は地方送りにされるらしい。
別に予想外のことではない。王子を表向きの主に選んだときから、王から疑われることは想定していた。
それでも王子の血を飲んだのは、国王のほうはなんとかできる自信があったからだ。
「ラナンを守れなかったことを強く後悔している。だから個人的な恨みより強くなることを優先した」──こう言えば、完璧ではないにせよ騙せると思っていた。
自分が言うより先にユキムラに言われるとは思ってもみなかったが、まあいい。王のことは、ひとまず置いておいてよさそうだ。
直近の問題はジルムーン王女だ。ただの病弱なお姫様ではないと思ったほうがいい。
実際には王子との絆などできていないので、試金石云々というのはそう心配しなくていいような気もするが……。
だからと言って舐めてかかるわけにはいかない。地方に送られてしまっては、なんのために大勢の前で王子の血を飲んでみせたのかわからなくなる。
警戒するべきは、王女だけではない。ユキムラもだ。
今後はもっとよく考えて動かないと駄目だ。
神様の血を貰ったからって、ただの高校生だった俺が急に全知全能になるわけではない。王にとってのユキムラや、王子にとってのレオのような絶対的な味方なんて、俺にはいない。
俺はすべてひとりでやり遂げなくてはならないのだ。一国の王子を相手にするのだから、慎重であればあるほどいい。
「騎士殿、大変お待たせしました。……騎士殿?」
突然声をかけられ、はっと我に返った。隣のことに気を取られすぎた。
「すみません、少しぼんやりしていました」
「お待たせしすぎましたね。こちらが一覧です」
差し出された紙を受け取る。紙と言っても日本で見慣れたようなツルツルとした紙ではなく、もっと分厚くて表面のざらざらした紙だ。
ざっと眺めたそのリストに、彼女の名前はなかった。
カナハ・ローレン公爵令嬢──本来であれば、カルカーン王子の婚約者である彼女が招かれないはずがない。
彼女の名前がここにないのは、ローレン公爵家が喪の真っ只中だからだ。彼女だけでなく父親である当主も、そして一度会ったことのある彼女の兄も王宮への出仕を控えている。
客の数はざっと五十人ほどだ。見たことのある名前もあるが、半分以上は知らない名前だった。
……これを明後日までに覚えるのは、けっこう大変かもしれない。
事務官にお礼を言って退室すると、まっすぐに東の宮へ戻った。
椅子に座り、改めて一覧を眺める。
ローレン家以外に三つある公爵家は領地で忙しくしており、中央に残っている手頃な人材もいないということで辞退。代理が祝いの品を持って来るらしい。
次は侯爵家だ。こちらは何人もやってくるようだが、まず目についたのがルフレンス家の長男だった。
俺と同い年の男で現在王立学園に在籍しているらしい。この家は代々文官の家系で、今の当主は宰相でもある。宰相とは何度か会ったことがあるが、学園に在籍している長男には一度も会ったことがない。
同い年の男というと、ラウンズベリー伯爵家の次男もそのようだ。こちらも学園の生徒だ。
こうして見ると、王立学園の生徒以外にも若い男が多い。だいだい俺と同い年からその二つ三つ上か。
ジルムーン王女の誕生会兼お披露目という名目だが、実際のところは似たような年齢の貴族と引き合わせるのが目的なんだと思う。
「お前、ほんと真面目だよな」
あらかたの情報を書き込み終えたリストが、ひょいっと取り上げられた。レオだ。
取るなよとは思ったが、
「レオはこの二人を知ってますか」
ルフレンス家とラウンズベリー家の客について尋ねてみることにした。
「んー? ああ、エルネスト・ルフレンスとアーヴィン・ラウンズベリーか。よく知ってるよ。というか、そいつらも側近だからな。卒業したら俺たちと働くことになってる」
同じ側近……そういう予定の者がすでにいるとは知らなかった。
「そのうち紹介してやるよ。今のところは、エルネストは眼鏡、アーヴィンは不良──これだけ覚えていたらいい」
眼鏡と不良というレオの雑な説明を、返してもらったリストに書き込む。
「なになにっ? 今度のパーティーの話してるの?」
そうこうしていると、隣室から椎葉が顔を見せた。
「そのパーティーでカーンの妹さんと会えるんだよね?」
「今回はあれのお披露目だからな。サクラは初めて会うんだったな」
「うん。カーンの妹さんだし会いたかったけど、ずっと北の宮に引きこもってて会えないんだもん。王女様ってお仕事もしてないんでしょ? カーンは毎日頑張ってるのにね」
王子は椎葉の「毎日頑張ってる」発言が嬉しかったらしい。唐突に椎葉を抱き寄せると、こめかみにちゅっと音を立ててキスなどしている。
……こういうときは見ないふりをするに限る。
「ちょ、ちょっと、カーンったら。レオくんも礼人くんも見てるのに」
大丈夫、俺はまったく見てないから。
レオもレオで、「今日も仲良しで大変よろしいですね~」と返事をしてはいるが、声に感情がこもっていない。
「あ、ローレン公爵令嬢は来ないんだ」
椎葉が取り繕うように話を元に戻した。
「ああ、当分は王宮に上がってこない。あれの身内が不慮の死で亡くなったからな」
不慮の死という言葉がやたらと耳についた。
普段から無表情だと、こういうとき顔面を取り繕わなくていいので楽だ。




