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3.王家の騎士 -3-

 ユキムラはその事務官を見送りながら、


「体調はもうずいぶんいいようだな」


 ことさらなんでもないような口調で言った。それが逆にわざとらしく、世間話のていでこちらに探りを入れてきているように感じられた。


 というか、間違いなくそのつもりだと思う。


「昨日は少し熱が出ましたが、今はもう。体は軽いし気分がいいです」


 警戒しつつ、それらしいことを口にする。昨日王子の血を飲んだ騎士は、みんなだいたいこんな感じだろう。


「……そうか。力を試したい気持ちはわかるが、今後は少し自重しろ。試合のたびに重傷者を出されては困る」


 素直に頷く。


 今朝の一件はまずかったと自覚している。普通の騎士とあんなにも差がついているとは思わなかった。


 不意にユキムラが大きなため息をひとつついた。


「アヤト。私に何か言うべきことがあるのではないか」


 そして、ついに問われた。


 重々しい口調だった。少なくとも尋ねているような口ぶりではなかった。隠していることがあるだろう、とすでに断定されている。


 一瞬ひやりとしたが、すぐに思い直す。


 考えてみればユキムラが疑うのも当然なのだ。


 ユキムラは俺が半死半生の縁を彷徨っていたことを知っている。あれはとうてい一週間で完治するような怪我ではなかった。五体満足であるかどうかも危ぶまれていたと思う。


 そんな俺が短期間で全快し、今朝などは並みいる騎士を蹴散らしたのだ。この人が怪しまないはずがない。


 もうしばらくは大人しくしているべきだったのかもしれない。だが、済んだことはどうしようもなかった。


「……言い方を変えようか。君はいったい()の血を飲んだ?」


 誰の血ではなく何の血か、か。


 いつの間にか手のひらが汗ばんでいた。手袋の内側で水分を拭うように拳を握る。


 この人はどこまで当たりをつけていて、この問いにはどう答えるのが正解なんだろう。


 ユキムラの顔をじっと眺めてみるが、当然のことながら答えは書いていない。


「……殿下の血を」


 動揺を押し殺し、静かに答えた。


 馬鹿正直に答えるつもりは毛頭なかった。


 ユキムラはエルクーン国王の騎士だ。本心を明かすなんて、そんなことができるはずがない。


 この人は俺の師匠ではあるが、その前にエルクーン国王の絶対的な手駒なのだ。


 無条件に信頼できる相手ではない。むしろ、いずれ最大の障害になるのはこの人なのではないかという予感がする。


「……そうか」


 ユキムラはやや視線を落とすと、くるりと踵を返した。


「困ったことがあれば相談しなさい。騎士になったとはいえ、君が私の弟子であることに変わりはないのだから」


 こちらを振り返らないままそう言い残して、王の執務室に戻っていった。


 俺のことを疑っていても、今この場で追及するつもりはなかったらしい。ひとまず切り抜けられたと思ってよさそうだが、ユキムラの意図がまったく読めなかった。


 ふと思いついた。


 神様の血をもらったおかげで、身体能力だけでなく耳も驚くほどよくなっている。ここで耳をそばだてていたら、もしかして隣の部屋の会話が聞こえるのではないだろうか。


 どうせ事務官が戻ってくるまでまだしばらくかかる。それまでの間、エルクーン国王とユキムラの会話を聞けたら……。


 ちらっと辺りを見渡す。部屋に残っている事務官たちはそれぞれ忙しそうにしており、誰も俺のことなど気にしていない。


 視線がないのをいいことに、できるだけ自然な動きで壁際に寄った。


「……アヤトのこと、どう思う? あれの血の影響は、どこまで出ているであろうか」

「まだはっきりとはわかりませんな。本人の性質はそう変わっていないように見えます。が、今日の一件を聞いて、肝が冷えました」


 聞こえる。ぼそぼそとではあるが、ふたりの話していることが聞こえてくる。


 ガッツポーズしたいところを我慢して、隣の会話を聞くことに集中した。


「死人が出なかったのが奇跡です。むろん、抜刀していれば全員死んでいたでしょうが」

「……騎士二十人、全員がか」

「一瞬でしょう」

「そなたであれば?」

「十回やれば、七回は私が負けます。技で劣るつもりは、今はまだありません。ですがそれもいずれ……」


 少し間があった。


「そなたでも敵わんか。では、今はあれが我が国最強の騎士というわけか。手中にあるうちは心強いがな……。カーンを血の主にすると言い出したとき、やはり止めるべきであったかな。そも、何故アヤトはカーンを主に選んだのであろう」


 エルクーン国王の独り言のような呟きに対して、ユキムラはすぐには返事をしなかった。言葉を吟味しているのか、たっぷりとした沈黙があった。


「……ラナンの死がずいぶん(こた)えていたようでした。そのせいで強さに執着し、殿下の血を選んだのかもしれません」


 意外だった。ユキムラは俺への疑念を王に話すつもりがないらしい。


 ふたりの話を聞けばユキムラの考えがわかるかと思ったが、余計に意味がわからなくなってきた。


 まさか、俺を庇っている? いや、ユキムラには俺を庇うメリットがない。デメリットしかないはずだ。


 ……いったい何を考えている?


「神祇省の調査のほうはどうなっている?」

「麾下に調べさせていますが、物的証拠はいまだ」


 話題が変わった。


 神祇省の調査というと、ラナンが亡くなったあの夜のことだろう。俺の言うことなど最初から取り合うつもりもないのだとばかり思っていたが、国王は国王で意外と動いていたらしい。


 だが、やはり証拠は見つかっていないようだ。俺も探したので証拠がないことはよく知っている。残された手がかりは、あのとき王子と共にいた神祇省の役人だけだ。


「疑わしきは罰せずと言うが、今回ばかりはな。ラナン・ローレンの死で利を得た者はカーンしかおらぬ。アヤトの言うとおり、十中八九あれが絡んでいるだろう。あれの真なる力であれば、神奈備の行き先などいかようにも書き換えられるであろうし、な」


 王がまた大きなため息をついた。


 ユキムラは黙って聞いているようだった。


「なあ、ユキムラ。そなた、予が死ねば国元へ帰ると以前申しておったが、その気持ちはいまだ変わらぬか」


 王が憂鬱そうに言った。


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