2.王家の騎士 -2-
その日の昼、王からの書簡が届けられた。
「アヤトを連れて、至急北の宮へ来いとのことだ」
「用件は書いてないですね。ほんとに一行だけ」
放り投げられたその手紙を俺も読んでみたが、王子たちが今言った以上のことは書かれていない。
美しい筆跡で「騎士アヤト・フォーカスライトを同道の上、至急北の宮へ来られたし」とあるだけだ。
「昨夜、アヤトを私の側近にしたいと書状を送った。その件だろう」
王子がこちらを振り返り、レオも釣られるようにして俺を見た。
「どうせまた私の決定に反対したいだけだ。大した理由もない。至急来いと言うなら、いっそ今から行ってやろう」
普通はこの書簡に「ではいついつ伺います」と返事をするべきなのだが、それを省くことで意趣返しをするつもりらしい。
レオを連れ、意気揚々と出かけていく王子の後頭部を眺める。
まるっきり拗ねた子供と同じだ。
口に出すわけにもいかないので、心の中でそう思うだけに留めて二人のあとを追った。
北の宮の執務室では、王が難しい顔をして待ち構えていた。その傍らにはどことなく硬い表情のユキムラが控えている。
王子は、再度同じ言葉を口にした。
「もう一度申し上げます。正騎士アヤト・フォーカスライトを私の側近兼護衛に引き立てたく、書状をしたためました」
大事なことなので二回言いました、というやつだ。
「……二度も言わずとも聞こえている」
王はしかめっ面のまま特大のため息を吐き出した。
「いつ決めた?」
「叙任式の後、すぐに」
「……儀式の直後ではないか」
「直後であろうがなんであろうが、任命自体に問題はないと認識しておりますが?」
そうではない、と王は鬱陶しそうに手を振った。
王の言いたいことはわからないでもない。たぶん王子も察していて、わからないふりをしている。
王は俺たちの間にできた血の絆があまりにも強すぎるのではないかと懸念しているのだ。超越者である俺が、レオの二の舞になることを恐れている。
不仲な俺たちが主従の儀式を終えた途端に側近だの護衛だのと言い出したのだから、王の懸念も当然ではあった。
実際は絆なんて小指の先ほどもできちゃいないんだが、そのことを知っているのは俺しかいない。
「アヤトはそれでいいのか?」
「……主命ですので。身に余る大役ではありますが、謹んで拝命しました」
王がまたため息をついた。本日二回目だ。
指先では机の上をトントンと叩きながら、
「……超越者だぞ。そなたの一存で戦場に放り込まれてはかなわん。昨年の諸々を、予は忘れておらんぞ」
渋い顔で言う。
「その件は私も反省しました。それに、彼は今や私の騎士。むざむざと死なせるようなもったいないことはしませんよ。彼の希少性や有用性は、十分理解しましたから。まあ、そう簡単に死ぬとも思えませんが」
「……今朝、既にやらかしたであろうが」
今朝の修練場でのことがすでに耳に入っているらしい。
「心外ですね。何もやらかしてなどいません。ただ試しに騎士同士で手合わせさせてみただけです」
王が「それをやらかしていると言うのだ」とでも言いたげな表情で大きなため息をついた。三度目だ。
「そもそもアヤト、そなたは予を選ぶと思っていた。まさかカーンを選ぶとは。なあ、ユキムラ」
王から相槌を求められ、その背後に控えているユキムラが控えめに頷いた。
ユキムラの表情はやはり硬く、王と王子が話している間もじっと俺を見ている。見張られているような気さえして、正直居心地が悪い。
「予の騎士とした上で、今年いっぱいは手元で育てるつもりだった。今言っても栓のないことではあるし、騎士には主を選ぶ権利がある。今さらどうすることもできぬ。だが、そういうことだからアヤトの処遇については、予も当面は口を挟ませてもらうぞ」
「と言いますと?」
カルカーン王子が怪訝そうに尋ねる。俺からは表情が見えないが、たぶん声音どおりの顔をしていることだろう。
「まずは、明後日のジルムーンの誕生会とお披露目を兼ねた夜会に、王家の騎士として場内警備を兼ねて出席してもらおう。話はそれからだ」
ジルムーン……もちろん第一王女のことだ。王子の腹違いの妹でもある。
先日まで北の宮に滞在していたが、ついぞお会いすることはなかった。病弱で体調を崩しがちだという噂は真実のようで、本当に北の宮は中奥の自室から外出しないようだ。
その王女の誕生会兼お披露目が、ついに行われるという。それはそれでいいと思うが、俺に出席しろとはいったいどういう意図があるんだろう。
「……私の側近としてではなく、ですか。夜会に出すこと自体、少し早いようにも思いますが?」
「そなたの側近として出席すると、挨拶回りでそれどころではなくなるであろうが。一度自由に動かせたほうがよい」
「確かに、仰るとおりですね」
「アヤトも、それでよいな?」
王が直接尋ねてきたが、主である王子を差し置いて勝手に返事をするわけにもいかない。
ちらりと王子のほうを見やると、向こうも俺を見ていた。王子が顎を引くようにして頷く。機嫌が悪いようだが、王に対して今以上に反発するつもりはないらしい。
あまり我を通すと、今度は俺を側近にする話すら立ち消えになる──そう判断したのだろう。
となると、俺も了承しなければならない。
「かしこまりました」
俺がそう告げると、
「ついて来なさい。招待客の一覧を渡そう」
彫像のようにじっと控えていたユキムラが動いて、隣の部屋に続く扉を示した。そちらには他の側近や事務官たちが仕事をするスペースがある。
「行ってこい。私たちは先に東の宮へ戻っている」
王と王子、そしてレオに見送られ、俺はユキムラに促されるまま隣の部屋へ入った。
中で仕事をしていた面々がすぐに顔を上げた。俺も面識のある事務官がほとんどなので、目顔で挨拶をしておく。
「悪いが、招待客の一覧をアヤトに」
ユキムラの一番近くにいた事務官が、「わかりました」と言って席を立っていった。




