7.分水嶺のありか -前-
はっと目を開けると、視界の大部分を天蓋ベッドの天井が占めている。部屋の中は薄暗くなっていて、いつの間にか寝入っていたらしい。
寝ていたとはいえ、さっきのあれは夢じゃないとわかっていた。あれは現実のできごとで実際に神様が語りかけてきたのだ。
さっきはずいぶん落ち込んでしょぼくれているようだった。
神様にしてはあまり偉そうなところがなかったし、わりと素直に謝っていた。悪い神様ではないのだと思う。だけど、神様だからって絶対にミスをしないわけじゃない。
俺がこの世界に来てしまったのは事故のようなものだと思う。極悪に運が悪かったのだ。神様のミスのせいだけど、あの神様だけが悪いわけじゃない。
というか、どちらかというとあの女の人のほうが悪い気がする。たぶん女の人のほうも神様なんだろうけど……。まさか、あのボロ神社の神様だったりしないだろうな?
ぼんやりと考えつつもスマホを手に取る。すぐにバックライトが点灯して、部屋が青白く明るくなった。
「……電池、残り二七パーセントか」
普通に学校に行くだけの日だったから、モバイルバッテリーなんか持ってない。省電力設定にしても、明日か明後日にはバッテリー切れで使えなくなるだろう。
元の世界の写真を見られるのも、それまでということだ。
スマホの電源を落として目を瞑ってみたが、その夜はもう眠れそうになかった。瞼の裏に家族や友人の顔が浮かんできてしまい、どうしても寝つけなかったのだ。
翌朝、鏡に映った自分が完全に寝不足の人の顔をしていて、一人でちょっと笑ってしまった。目のクマがひどすぎる。
さすがに今日も同じ制服を着るのは憚られ、衣裳部屋から暗い色合いでシンプルな服を選んで着た。ふりふりやひらひらがついた服なんて死んでも着たくない。
そうやって身支度を整え終わっても、かなり早い時間だった。外の様子からして、ほとんど早朝といっていい。
朝食をどうするのか聞いていなかったが、たぶんまだまだ先のことだろう。
それまで散歩でもするかなと思い立って部屋の扉を開けたところ、
「超越者殿、どちらへ?」
厳めしい男の声に止められた。
まさか人がいるとは思っていなかったので、五センチくらいは飛び上がった。びっくりしすぎて心臓がばくばく言っている。
ごつい上にでかいおっさんだった。あまりのマッチョぶりに思わず後ずさってしまった。騎士というわけではなさそうだが、見るからに兵士の装いに武器を携えた男が部屋を出てすぐのところに立っていたのだ。驚くのも当然だろう。
「早く目が覚めたので、散歩でもと思ったんですけど」
「あなたが外出されるには、殿下の許可が必要だ。それに、じきに女官が朝食を運んでくる。部屋に戻られよ」
……は?
「外出しちゃいけないとか、聞いてないけど。どういう理由で禁止されてるんですか?」
俺はできるだけ落ち着いた口調に聞こえるよう努めて冷静に話した。
「超越者殿は重要保護対象だ。外出にあたっては護衛をつける必要がある。人材の都合がつくまではご不便をおかけするが、ご容赦頂きたい」
兵士らしきおっさんはちょっとめんどくさそうに片方の眉を上げたが、そのように説明してくれた。
「……護衛、ね」
見張りの間違いじゃねーの。
だけど、ここでおっさん相手に抗議しても仕方がないことはわかりきっていた。俺が話をつけるべきなのはあの第一王子だ。
「わかりました、戻ります」
大人しく部屋に戻ってドアを閉める。ちょっと閉め方が乱暴だったかもしれない。そのくらい俺は腹に据えかねていた。
オブラートに包んだ言い方だったが、要するに俺は軟禁状態ということだった。保護とか護衛とかなんだかんだ理由をつけてはいるけど、結局はそういうことだ。あのおっさんだってやっていることは見張りとそう変わりない。
安らかに過ごせるように最大限もてなそうとした結果がこれってことか?
おっさんの言ったとおり、そのあと小一時間もしないうちに女中さんが朝食を運んできてくれたが、全然味がわからなかった。ホテルの朝食並みのごちそうだったんだけどな。
部屋から出してもらえず、どんな予定でいればいいのかもわからない。そんな状況がこんなにも苦痛だとは思ってもみなかった。
イライラしながら昼食も終えた頃、ようやくおっさんが俺を呼びにきた。
これから異世界の聴取を行うため、その部屋へ移動するのだという。なんだか事情聴取のために取調室に移動させられる人のような扱いだ。
「異世界から持ち込まれた品物も持参してほしいそうだ」
「……なんで?」
俺が理由を尋ねると、おっさんはまた片方の眉毛だけを器用に上げた。そんなにめんどくさそうにしなくてもいいだろう。まあ、俺もたいがいぶっきらぼうな聞き方だったけど。
「調査のためだそうだ。もう一人の超越者殿も、同様の理由で品物を持参するように依頼されているはずだ」
……俺だけじゃなくて、椎葉もか。
てっきり俺だけかと思っていた。椎葉にも同じ依頼が行っているなら、俺がゴネるわけにもいかない。
「……わかりました」
渋々頷き、リュックを担いで部屋を出た。