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68.瞋恚の炎 -4-

「……殿下、外に来客が。恐らくサクラ様かと」


 足音の軽さからして女性だと思う。それでいて淑女教育を受けていなさそうな気ままな足取りだ。場所を鑑みれば、該当するのは椎葉しかいない。


「サクラが? ふむ。レオ、迎えに行ってこい」


 王子の指示を受け、レオが気の抜けた返事をして部屋を出ていく。


「あれ、本当にサクラ様だ。どうしたんですか、こんなところで」

「あ、レオくん。えっと、礼人くんの叙任式のことでちょっと聞きたいことがあって……。今、カーンと話せるかな?」


 思ったとおりの椎葉だった。ドアが開けっ放しなので、二人の会話は筒抜けだった。


「サクラ、おいで」


 王子が気持ち悪いくらい優しい声で椎葉を呼ぶ。


「ありがとう、カーン! あれ、礼人くんもいたんだ」

「ちょうど今後のことで話していた。レオ、茶を淹れてくれ」


 王子にエスコートされてソファーに座る椎葉をよそに、レオとともに席を立つ。茶を淹れるためだ。


 今は女官がいないので、これも護衛兼側近の仕事だ。ユキムラもたまに茶を淹れていた。今までは機会がなかったが、今後はこうした仕事もできるようにならないといけない。


 レオの手元を観察する。淹れ方自体は紅茶と似ているように見える。


「お前、くそ真面目だな」


 レオが笑いながら言った。


 ……そうだろうか。自分ではそんなつもりはないし、今まで言われたこともないのでよくわからなかった。


「いや、いいと思うよ。俺が楽になるし」


 レオが茶を淹れる傍らで茶菓子の準備をしていると、椎葉がこてんと首を傾げた。


「なんか、礼人くんとレオくん、仲良しになってる?」

「他でもない私の血を飲ませたからな。それも、あれだけの量だ。まぁ、ここまで性質に変化があるとは予想外だが」

「うーん? よくわからないけど、二人は仲良しになったってこと? ずっとギスギスしてるの嫌だったし、それならよかった!」


 いや、よくはないだろ。


 俺のこの別人のような変貌ぶりを、「それならよかった!」で済ませられる椎葉がすごい。


「友人、か。サクラ、本当にアヤトのことはなんとも思っていないのだな?」

「え、うん。前はちょっといいなって思ってたこともあったけど、今はカーンが一番好きだよ。どうして?」


 こちらをちらちらと見ながら、椎葉が言う。


「いや、少し先の話にはなるんだが、サクラの護衛に貸してやってもいいと思ってな。無論、あれにも仕事をしてもらうので四六時中というわけにはいかないが、護衛の騎士がそろそろ必要だろう?」

「本当っ? だったら嬉しい!」


 黒髪無口枠だー! と椎葉が呟くのが聞こえた。前からたまに言っているが、その「枠」とはいったいなんだ。


「アヤト、サクラに挨拶を」

「……はい」


 王子に促され、椎葉の前で王族に対するのと同じ最上位の礼を尽くして膝をつく。椎葉に示す敬意なんてかけらもないんだが、減るものでもないし、このくらいのことならいくらでもやってやる。


「サクラ様、あなたをお守りします。あなたを傷つけるなにものからも、必ず」


 これくらい言っておけば十分だろう。キザすぎて反吐が出そうだが、椎葉はこういうのが好きそうだ。


「わっ、礼人くん、すごい! 本当の騎士様みたいっ! 執事属性も生えつつあるっ! すごい!!」


 案の定、椎葉がぽっと頬を赤らめ、ぴょんぴょん跳ねた。


 ……ちょっとやりすぎたかな。


「まあ、正真正銘本物の騎士だからな。だが、サクラ。勘違いはするなよ。それはあくまで私の手飼いだ」


 王子から睨まれたので目を伏せた。椎葉がこんなにチョロいと思わなかったんだ。しかたない。


「あっ、もちろんわかってるよ。私が好きなのはカーンだもん。ね、だから怒らないで」

「怒ってはいないさ。だが、少し妬けた」


 王子が椎葉の腰を引き寄せ、二人の物理的な距離がいきなり近づいた。そのままの状態で、


「……レオ、アヤト。少し席を外せ」


 王子が声を低くして言った。


 雲行きが怪しい。こういうときは早々に退散するに限る。


 レオも同じことを思ったようで、イチャイチャし始めた二人を尻目にとっとと控室を出た。


「殿下! 最後まで致しちゃだめですからね。ちゃんと自制してくださいよっ」


 扉を閉める間際、部屋の奥のほうに向かってレオが大声で言った。


 俺は絶対にこんなことを忠告したくないし、お互いに立場があるんだから他人に言われなくとも自重しろとすら思う。


 王子の側近である以上はこれもやらなければいけない仕事なんだろうが、馬鹿馬鹿しすぎて心底辟易する。


「頃合いを見て止めに入るからな。おい、他人事じゃないぞ。そのうちお前に押しつけるんだから」


 ……え。絶対嫌だ。


 とはもちろん口に出せないので、頷いているのか首を傾げているのかわからない程度に顎を引いて見せた。


 これは、思ったよりもストレスが溜まりそうだった。


 この鬱憤が顔に出ないのは不幸中の幸いだ。


 ラナンが死んで以来、表情がほとんど変わらなくなった。まるで顔面の筋肉がどこかに行ってしまったみたいだ。


 決して悪いことではないと思う。考えていること全部が顔に出ていたら、こんなくそのような仕事は務まらない。表情を取り繕う必要がないというのは、むしろとてもいいことだった。


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