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65.瞋恚の炎 -1-

 人がひとり死んだくらいで世界は滅ばないし、太陽も月も毎日変わらず昇る。


 ラナンの葬儀の後、何度か北の宮を抜け出して神祇省の建物に侵入した。だがラナンの死に王子が噛んでいるという証拠は、ついぞ得られなかった。当番表とやらにも怪しいところはなかった。あの日の欄には知らない名前が二つ並んでいるだけだった。


 それ以外、変わったことは特にしていない。従騎士としての仕事をこなしつつ、他の昇格予定の従騎士と一緒に研修漬けの日々を過ごしている。


 表面上は冷静に見えるだろう。同僚を失ったばかりの人間には到底見えないはずだ。


 それでいいと思う。この胸の内にほの暗い気持ちが熾火(おきび)のようにくすぶっていることは、誰も知らなくていい。


 そのほうが()()()()()とすら思う。




「アヤトは中央残留が決まってるんだろ? いいよなぁ」

「お偉方からも期待されてるんだってな。羨ましいわ」


 そう言って絡んできたのは、地方勤務が確定している同期たちだった。


 研修の教材をひとまとめにしながら、顔を上げる。


「……中央も地方も、やることはそう変わりませんよ」


 一方の俺はつい先日中央の配属になることが決まった。


 中央と地方、やることは一緒だ。相手が人間か異形かの違いしかない。ただ目の前の敵を倒せばいいだけだ。


 王都の近辺で発生する揺らぎに対応し、時には王族や高位貴族の護衛をすることもあるのが中央騎士。ユキムラやレオ、王宮の詰所に残る騎士がこれだ。この国には近衛騎士というものが存在しないが、中央の騎士がだいたい同じ役割を担っている。


 もう一つは、四大公爵家や他の貴族が治める地方領へ移り、王都から離れた場所に湧く揺らぎの対応に当たったり、場合によっては国軍の一部に組み込まれることもある地方騎士。


 どちらが花形かと聞かれれば、中央と答える者がほとんどだ。地方勤めは泥臭い仕事が多いと言われている。


 中央に残される自信はそこそこあった。


 お偉方──その頂点であるエルクーン国王からすれば、俺はいまだに貴重な情報提供者なのだ。可能なかぎり目の届くところに置いておきたいのが人情だろう。


 ただし、俺が自分と王子のどちらを血の主に選ぶか、王はきっと今も気が気でないはずだ。


「はー、出たよ優等生発言」

「夜会警備でご令嬢と知り合いたいなんて下心はないってか」


 二人は俺の発言に鼻白んだらしく、やれやれと呆れながら食堂のほうへ歩いて行く。


 その二人に続き、俺も席を立った。


「そういえば、お前は血の主にどちらを選ぶんだ?」

「あー、そうそう。俺らそれで賭けをしてるんだよ。陛下と殿下、どちらを選ぶのかって。叙任式も明日だし、もういいだろ。こっそり教えてくんね?」

「……賭け、ですか」


 顔を上げ、思わぬことを言い出した男を見る。


「い、いや、気を悪くしないでくれよ。その、みんな興味津々なんだよ。お前、殿下と不仲だろ。だから殿下じゃなくて陛下から血を頂くのかなーとかさ」


 相手が慌てたように付け足した。


「……いえ、殿下から頂きますよ」


 少なくとも()()()は。


「やっぱりそうだよな。こう言っちゃなんだがいつ世代交代があるかもわかんねえし、今後のことを考えたら殿下一択だよ」

「そりゃそうだけどさ。それでもこいつは陛下を選ぶかと思ってたぜ」


 俺と殿下の不仲説は、騎士団内では有名な話だった。


 そりゃあな……。詰所の前で大騒ぎしたこともあったし、あんなところでやらかせば誰かしらは見ているだろう。


 そもそも俺自身がわりと有名人だったようだ。


 超越者としてではない。騎士団の人間の大部分は、俺が超越者であることをいまだに知らない。ユキムラが拾ってきた(あずま)の国出身らしき訓練生というだけで、注目を浴びていたというのだ。


 そこへ例の件だ。


 従騎士の身で異形討滅を達成したのが、どうも前代未聞のことだったらしい。それで従騎士最強だとか、生身で騎士に迫る実力の持ち主だとか、適当なことを噂された。


 とんでもない。


 俺が異形を倒せたのは、俺が強かったからじゃない。それは俺が一番よくわかっている。


 俺がたまたま超越者で、神様から加護をもらった人間だったからだ。加護がなければ異形を前に身じろぎ一つできやしなかっただろう。


 俺はただ運がいいだけの人間だった。


 外れた外れた、と言いながら食堂へ入っていく同期たちと別れ、引っ越したばかりの殺風景な個室に戻る。


 そこで明日初めて袖を通す予定の正騎士の制服を眺めた。この制服の胸の部分に、主になった王族から騎士の証をつけてもらうのだ。


 同期たちに語ったとおり、主にはカルカーン王子を選ぶつもりだった。


 あいつら竜人は、血を飲ませさえすれば騎士との間に絶対的な絆が生じると信じている。特に竜人としての力が強い王子は、俺が血を飲んだ途端に油断するはずだ。


 俺がすでに竜の系譜の頂点から血をもらっているとは、思いもせず。


「今さら影響があるわけなかろう。格下の血など、多少鉄分が多いだけの色水よ」とは、神様の言である。つまり、俺が王子の血を飲んでも血の絆は生じないし、レオのように王子に同調することもない。


 格だけで言えば、俺は今や竜神直下の眷属──上位の竜に相当するらしい。


 格がどうとかそのへんの実感は全然湧かないが、こと運動能力に関しては自分でも恐ろしいくらいに変わった。神祇省の建物に忍び込んだとき、あまりにもあっさりすぎて……あれは、ちょっと自分でもどうかと思うくらいだった。


 信用させるための土産も用意した。たぶん王子は気に入ってくれるはずだ。


 残る問題は、王子を前にこの憎悪を隠しきれるかどうか。それだけだった。


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