63.去りにし者 -3-
ラナンの遺体が安置されている場所まで、俺たち二人はひたすら無言で進んだ。ユキムラがなにか話したそうにしていたが、気がついていないふりですべて完封した。
自分がなにを口走るかわかったものじゃないからだ。国王の前ではさすがに自重していたが、ユキムラと二人になった今、王を罵る言葉がどこまで醜くくなるのか自分でも想像がつかなかった。
ラナンは中奥の地階の一室で静かに寝かされていた。
生前とほとんど変わらない姿だ。今にも起き上がるのではないかと錯覚するほどだ。なのに、その瞼が開くことはもうない。その唇が綻ぶことも二度とない。
「ローレン家の方は……?」
「当主代理とカナハ嬢はすでに一度見えられている。遺体は近々引き取りに来られるそうだ。陛下は王家で弔うと仰せだったが、先方が身内だけで済ませたいと言ってな」
「そうですか」
では、すでにカナハ嬢はラナンと対面したのだ。俺がのうのうと寝ている間に。
彼女は物言わぬラナンを前になにを思っただろうか。
一緒にいた俺が生還しているのに、どうしてラナンだけが死んでしまったのだ、と思ったかな。代わりに俺が死んだらよかったのに、とも思ったかもしれない。
「……俺、ラナンの葬儀に出席したいです」
「先方は身内だけで済ませたい、と関係者の出席をすべて断られているんだぞ。歓迎されるわけがないと思うが」
それでも出席したい。罵られてもいい。
「いいです。ラナンの遺品をお渡ししないといけないから」
「……わかった。日程が耳に入るよう手配しておこう」
お願いします、と頭を下げて改めてラナンと向き合う。
「ラナンがまずやられたんです。異形を前に動けなくなって、そこを狙われた。それでこいつ、自分を置いて逃げろって言って……」
「そうか」
ラナンが特別に弱かったわけじゃない。俺があのとき多少なりとも動けたのは、たまたま俺が超越者で、神様の加護をもらっていたからだ。そうでなければ俺も動けなかったし、ラナンと一緒に喰われていたと思う。
「俺がもっとうまくやれたら、こいつは死なずに済んだ」
俺だけがラナンを助けることができた。俺がもっと強ければ、二人で帰ってくることができた。なのに、できなかった。
「……それは違う。たらればの話は無意味でしかない。それを言えば、私はどうなる? 神祇省の不始末は?」
逆に問い返されて、黙り込むしかなかった。
「君はなにも悪くない。最善を尽くしたんだ。そしてその結果生き残った。他の誰でもない、君だから生き延びることができた。それをまず誇りに思うべきだ」
ユキムラの言いたいことはわかる。わかるが、その言葉はどうしようもなく上滑りしていて、心にまったく響いてこない。上っ面を整えただけの綺麗事だと思ってしまう自分すらいる。
ユキムラも俺がそう感じていることに気づいているんだろう。それ以上声をかけてくることはなく、俺たちはまた黙ってラナンの遺体を眺めた。
ラナンの葬儀の報せが入ったのは、それから二日後のことだった。
葬儀の前日の夜、俺は久しぶりに寮に戻った。ラナンの遺品の整理のためだ。
一週間と少しぶりに戻った自室は、当然ながら人の気配がなく静まり返っていた。
真っ暗な部屋に灯りを入れ、ぼんやりと辺りを見渡す。
あの夜、神奈備に出かけたときのままだ。ベッドに広げっぱなしにしていた俺の部屋着だとか、ラナンが直前まで使っていたカップだとか、そうしたものすべてが、笑えるくらいそのままだった。
灯りを入れて、湯を沸かして、部屋を暖めて……そうして待っていれば、あのドアが開いてラナンが帰ってくるんじゃないか、そんな妄想がどうしてもつきまとう。
そんなわけないのに。
ラナンは今日の昼まで北の宮の地下にいて、ローレン家の人間が迎えに来るのを待っていた。そして、今はたぶんローレン家の王都の屋敷にいる。そこで、明日の埋葬を待っている。
ここに戻ってくるはずがない。あいつは死んだんだから。
頭ではわかっているつもりだ。なのに、本当の意味では理解できていないんだと思う。なぜって、ラナンが死んだあの日から一滴も涙が出ないからだ。
なにも実感が伴わない。あの日起こったこと全部、スクリーンの中の他人事みたいだった。
だが悠長にしていられる時間はそうない。重い腰を上げて、遺品の整理に取り掛かる。
ラナンの私物はどれもこれも見覚えのあるものばかりだった。あまりごちゃごちゃと持ち込むタイプでもなく、外出用の私服は上下で三着、あとは予備の制服とか作業服とか部屋着ばかりだ。
そうした私物の中で特に大事そうにしまわれていたのは、お姉さんの誕生日にと購入していたショールの入った綺麗な箱だった。
その箱は他の荷物の一番上にそっと重ねた。
結局、一睡もできないまま翌日を迎えた。
珍しく暖かい日で、朝から雪ではなく雨が降っていた。見上げる空には、どんよりと重い雲が立ち込めている。
馬車で行くと墓地まで小一時間ほどかかった。王都のほとんど外れに位置する、貴族や相応の身分のある人間が埋葬される墓地だ。
ローレン家の一群はすぐに見つかった。喪服を着た二十人ほどの集団だ。遠目からでもかなり目立つ。
遺品の入った木箱と花束を抱え、吐きそうなほど緊張しながら馬車を下りた。




