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61.去りにし者 -1-

 ……誰かが俺を呼んでいる。そんな声がする。


「ラナン! 間に合わなかったか」


 うめくようなその声に、相手の心情がはっきりと表れている。


「駄目だ、アヤトも意識がない。早く連れ帰らねば、このままでは……」


 誰かに担ぎ上げられる。俺を運ぼうとしてくれているらしい。


 それはありがたいことなんだけど、ラナンを置いて行かれると困るのだ。一緒に帰らなければならないのだから。


 薄っすらと目を開けて、すっかり冷たくなってしまったラナンの体に腕を伸ばす。


「……あいつ、連れて帰らなくちゃ」

「大丈夫だ。決して置いて行かないと約束する。三人で帰ろう」


 そっか。ちゃんとラナンのことも連れて帰ってくれるなら、いいかな。


「だから、今は休め」


 目元に手が伸びてきて、俺の目を瞑らせようと触れてくる。その手がびっくりするほどあったかい。それとも自分の体が冷えすぎているのか。どっちだろう、よくわからない……。




「──寮では医療設備が足りん。この者は北の宮で見る。これは陛下もすでにご存知のこと」

「しかし、前代未聞だぞ。それに、そっちはすでに死体ではないか。死の穢れを北の宮に入れようとは、正気の沙汰ではない」


 誰かが話している。


 ふっと目を開くと、気がついたらしい男が安堵の表情を浮かべた。男というか……よく見るとユキムラだな。喋っている相手はルンハルト騎士団長か。


 俺はどうも馬車に乗せられているらしい。頭だけ動かして辺りを窺うと、向かいの席にはラナンが横たわっているのが見えた。


 場所はすでに王宮の中のようだ。


 起き上がろうとしたが、全身が筋肉痛どころじゃない痛みに襲われてうめき声が出た。


「無茶をするな、まだ起き上がるのは早い」

「でも」


 騎士団長がなにか難癖をつけているんじゃないかと不安なのだ。大人しく寝ている場合じゃない気がする。


「いいから任せておけ」


 ユキムラに座席に押し戻される。


 ユキムラがそう言うのなら、任せておいたほうがいいのか。


 逡巡の末に俺が頷くと、ユキムラは馬車の外から文句をつけてきている騎士団長に向き直った。


「すでに承知おきのことかと思うが、アヤトは従騎士でありながら超越者でもある。北の宮へ連れて行くことには、なんら問題ない。ラナンについては、陛下直々のお指図があった。神祇省の不始末で将来有望な公爵家令息が亡くなったこともあり、王家の責任で丁重に弔うべきだと」

「しかし、その状態ではな」

「くどい! 陛下のご許可があるのだぞ。他になにが必要なのだ。それとも他意でもあるのか?」

「いや、そんなことはない。わかった、わかった。もうなにも言わん。さっさと行け」


 それで応酬は済んだらしく、再び馬車が動き始める。北の宮に直接向かおうとしているらしい。


「俺、どのくらい寝てたんですか……?」

「あれから四日経つ。まだ起きてはならん。もう少し眠っておけ。ほら、寝なさい」


 そこまで言われると睡魔に抗っているのも馬鹿らしくなってきて、またすぐに眠ってしまった。おやすみ三秒ってやつだ。




 次に目を覚ましたとき、俺は豪華な天蓋のついたベッドの上にいた。一番最初の頃に滞在した東の宮に似ているが、あそこより落ち着いた雰囲気の調度品が多い。


 ここはどこだ? やはり北の宮だろうか。


 起き上がると腹に引きつれたような痛みがあったが、動くのにそう支障はなさそうだ。ほとんど治りかけているようだった。


 ただ、上半身が裸だった。包帯が巻かれているので手当てのために服を脱がされたんだと思うが、この状態で部屋を出るのはさすがに憚られる。


 どうしたものか、と部屋の中をうろうろしていると不意に入口のドアが開いた。


 振り返れば、女官が一人ドアのところで固まっている。


「あ、どうも」


 あまりに反応がないもので、頭を下げて挨拶してみたのだが、女官はぴゃっと飛び上がるなり「陛下ー! ユキムラ様ー!!」と叫んで走り去ってしまった。


 まるで幽霊でも見たかのような反応で、ちょっとショックだ。


 話を聞く暇もなかった。まさしく一瞬の出来事だった。


 どうしよう。


 困っていると、すぐにバタバタと足音が近づいてきて、ユキムラが飛び込んできた。その隣にはぜえぜえと息を切らせた白衣の老人。医者だろうか。ユキムラに引っ張られて来たらしく、息も絶え絶えだ。俺を診てくれる前にじいさんが先に死にそうですらある。


「アヤト! まだ起き上がってはならん!」

「え、でももう大丈夫かと……」


 少し痛むが、普通に動く分には問題なさそうだ。というか体が軽すぎて踊りだしたいくらいだ。


「ちょっと失礼しますよ」


 白衣のじいさんが、俺の包帯に手をかける。露わになった腹にはケロイド状の傷跡が残っているが、それも完全に塞がっているように見える。


「これは、治っておりますな。凍傷も見たところ完全に」

「……馬鹿な。昨日まで生死の境を彷徨っていたのだぞ。それが一晩で」


 ユキムラが唖然と呟く。


 どうも俺は昨夜まで生きるか死ぬかの瀬戸際にいたらしい。それが今日になってけろっと立ち上がっているものだから、さっきの女官も驚いたんだろう。そりゃ、幽霊を見たような反応になるのも仕方ない。


「あれから何日経ってますか?」

「ちょうど今日で一週間だが」


 ああ、じゃあそのせいだ。一週間経って神様の血が馴染むなりなんなりして、俺の体が完全に作り替えられたんだと思う。


「信じられん。……だが見たところ健康そのものだな」


 俺もそう思う。健康どころかこんなに体が軽く感じるのは生まれて初めてだ。


「もしよければ、俺が寝ている間になにが起きたのか教えてもらえませんか?」

「無論だ。だがまずは服を着ろ。ちょうど昼時だから、陛下のお食事に同席させてもらうぞ。話はそこでしよう。そのほうが手っ取り早い」


 ユキムラのその提案に反対する理由もなく、俺は一も二もなく頷いた。


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