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56.氷の顎 -1-

 俺は、真っ暗な界の中に一人で突っ立っていた。


 神様が訓練のときに作ってくれるいつものあの界だと思うが、肝心の神様の姿がどこにもない。


 この世界に来た最初の一回以外、こんなことは一度もなかった。


 どうなっているんだ。


 さっきのあれは、なんだったんだ。


 いや、そもそもなんで王子があんなところにいた? あれは、間違いなくカルカーン王子だった、よな? あの笑みの意味はなんだ?


 わからない。わからないことだらけだ。


 神様はどこにいるんだろう。俺がここにいるということは神様に招かれたからのはずなんだけど……。


「神様? いないんですか?」


 声を上げるものの返事はなく、自分の声だけがむなしく響く。


 意を決してちょっと歩いてみるが、やはりどこまで行っても真っ暗でなにも見当たらない。いや、それは当然だ。なにも設定されていない界とは、みんなこんなものなんだから。


 修行をつけてくれるときは、市街地や森の中といったシチュエーションを神様が毎回設定してくれるのだ。その設定が適用されるまで、この界はいつも真っ暗闇だった。


 神様は意味もなくこんなことをしない。俺がこの界にいるということは、それなりの理由があるはずだ。


 前回神奈備を使ったときも移動中に神様に呼ばれた。そのときは俺たちの向かう揺らぎが()()()だと教えてくれた。


 じゃあ、今回は?


 さっき王子がいたことと関係があるんじゃないのか?


 いつの間にか背中が冷や汗でじっとりと湿っていた。心臓の音も心なしか早い。


 焦っているのだ。


 俺がここにいることになにか意味があるはずなのに、その理由がわからないから。


 先に神奈備を通ったユキムラやラナンは、どうなっているんだ?


 わからない。こんなところに一人でいたんじゃ、なにもわからない。


「神様、どうなっているのか教えてください! なんで俺はここに呼ばれたんですか? 師匠とラナンは?」


 声を張り上げる。


「……るか、礼人。礼人!」


 今度は返事があった。遠いところから微かにだが、確かにあの竜神の声がした。


「神様!」


 声のしたほうへ駆け寄るが、しかし見慣れたあの竜の姿はどこにもない。どこまで行っても、闇、闇、闇。本当にただ暗いだけの場所にいる。


「待て。そこで大人しくしておれ! その界はそう広くない。容量もないので我の分身も顕現できぬ。とにかくそこで待っておれ」


 やはり神様の声だけが返ってくる。今度はかなり近いところから聞こえた。


 ただし、その声音には焦りのようなものが滲んでいる。神様にとっても不測の事態が起こっているのでは、と嫌な予感がいや増した。


「なぜ? なにが起こってるんですか? 大人しく待ってろって、なにを待っていればいいんですか?」


 しばしの沈黙があった。


「……お主と坊主、ユキムラとは異なる界へ送られたのだ。今はお主のいるその界が消えないよう、強引に留め置いている。ぎりぎりだったのでな、他に打てる手がなかった。その界自体が不安定故、あまり暴れるでないぞ」

「異なる界って……それ、つまり……」


 俺は神様の力でこの界に留めてもらっているが、ユキムラとラナンはすでに別々の場所に飛ばされているのだ。


 いや、この状況、まずすぎるだろ。


 今このときもラナンは一人で現地にいるのだ。ユキムラは一人でもどうとでもなる。だけど、ラナンは……? もしあいつが飛ばされた場所の揺らぎが当たりだったら、どうなるんだ。


 どうなるもくそもない。どうなるかなんてわかりきっている。


「神様、ラナンのいる場所の揺らぎは……? ()()ですよね?」


 外れだって言ってくれ。揺らぎから現れるのは、きっとどこかの農村の鍬とか鋤とか、とにかくなんでもいいから異形以外のなにかであってくれ。


 神様の返事は、なかった。


「なんで。なんで、黙ってるんですか? 外れなんですよね? 外れって言ってくれよ!」


 最後のほうはほとんど叫んでいるような有様だった。


「……外れではない。坊主のいる場所に現れる揺らぎは、裏と繋がっておる」


 それはつまり異形が出るということだ。


「なんとかならないんですか? その揺らぎをなくしたり、ラナンをこの界に呼んだり」

「無理だ。揺らぎ自体を無くすことは我にもできぬ。新たに坊主を招くこともできぬ。ユキムラも同様だ。我の分身すら顕現できぬ矮小な界なのだぞ」


 そんな……。


 じゃあ、ラナンはどうなるんだ。


 足から力が抜けて、がっくりと膝をつく。


「なんで、……なんで俺だけ。どうしてラナンは」


 新しく呼ぶことはできずとも、神奈備から界に入って出るまでの間に俺と同じように引き留めてもらえたら、こんなことにはならなかったはずだ。


 いや、こんなこと聞かなくたって、本当はわかっている。この神様は理由のないことはしない。そうしなかったのは、相応の理由があるからだ。だけど、どうしても聞かずにはいられなかった。


「……お主だけで手一杯だったのだ。お主が一番最後に神奈備を通り、坊主より時間に猶予があった。故に間に合ったのだ」


 神様が沈痛な口調で言う。


 ラナンがどうなるか、神様もわかっている。わかっていて、それでもなおここで待てと言っているのだ。


「俺にここにいろって言うんですか……」


 そんなの、ラナンを見捨てろって言っているのとおんなじだ。


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