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54.おくるもの -前-

 王子がその後どのように遇されることになったか、という具体的な話が一従騎士の耳に入ってくることはさすがにない。


 ただ、第一王子とローレン公爵令嬢の婚姻がそろそろ正式に発表されるのでは、という噂が年明けと同時にまことしやかに流れるようになった。


 ローレン公爵家当主の代理として年賀の挨拶に訪れた公爵家令息に対して、国王がそのような話を持ち出したらしい。


 時期が時期なこともあり、その噂の信憑性は高いように思われた。


「アヤト。明日の非番、ちょっと付き合ってほしいんだけど、いい?」


 年が明けてようやく一回目の休みを翌日に控えた夜、ラナンはそのように言った。


 もちろんいい。休みと言ったって特にやりたいことがあるわけではないからだ。


「来月になるとすぐに姉の誕生日だから、贈り物を買おうと思ってね。目標金額も達成したことだし」

「そういえば、卯の月だったな」


 そういえばと言ってみたがもちろん忘れてなどいない。これはいわゆるポーズだ。


「無理にとは言わないよ。君が嫌じゃなければ」


 ラナンは俺の表情を窺うようにしてセリフを付け足した。気を遣っているらしい。


「いや、いいよ。ついていく。買うものは決まっているのか?」

「うん。春先に使えるようなショールにしようかと。婚家でも使えそうな品のいいもの」


 ……婚家。


 喉から変な音が出そうになったので、ぐっと息を呑んで押し殺した。


「お姉さん、結婚が近いんだな」

「元々はお互い成人してからという話だったんだけどね。つい最近、あちらが時期を改めようと言ってきて」


 噂というのは存外あてになるものらしい。最近よく耳にする噂どおりの展開になっている。


 去り際の王子の様子が少し異様だったので、まさかのパターンもあるかと思って気になってはいたんだが……。椎葉との恋と王位とでは、さすがに王位のほうを選んだか。


「春先になると思う。それで実家も混乱しているんだ」


 それはそうだろうな。結婚の予定が一年前倒しになれば、いくら公爵家とはいえ相当のパニックが起こるだろう。結納や持参金のこともあるだろうし。


 ちなみに、この国での成人年齢は十八歳だ。


「できれば姉の結婚までに正騎士になれたらと思っていたんだけど、間に合わなくなっちゃった」

「さすがにこの春じゃあな」


 結婚が春となると、もう半年も残っていないのだ。


 通常、騎士の叙任式は花の月──日本でいうところの三月に先の一年に昇進した者まとめて行われることになっている。つまり、もう再来月の話だ。騎士に上がれる者には早いうちから内定があるはずなので、次の叙任式で俺たちが昇進することははほぼないと思っていい。


 すなわち、カナハ嬢の結婚には間に合わない。


「焦っても仕方ないさ」


 そうだ。焦っても仕方ない。口に出すのと同時に、自分にも内心で言い聞かせる。


 彼女が結婚することは最初から決まっていた。遅かれ早かれこうなる運命だった。俺がやるべきことはなにも変わってない。


 相手が王子なのは予想外だったが……というか俺が勝手にそう思っているだけでまだ確定したわけではないんだが、ここまで符合していて実は別人のことでした、なんてことはあるまい。


「とにかく明日だな」

「うん、よろしく」


 そういうことになった。




 雪の吹きだまりに足を取られないよう、気をつけながらラナンの後を歩く。ローレン領出身のラナンは雪道を行くのが上手い。逆に俺は、この世界に来るまで雪とほとんど無縁に生きてきたので、転ばないようにするだけでいつも必死だ。


 雪を避けるのにやや不格好になりながら、ラナンの入った店に続いて入った。


 少し薄暗い店内には女性ものだけでなく男性ものの小物もディスプレイされている。奥のほうにはアクセサリーばかりを入れたガラス製のショーケースもあるようだ。


「へぇ……」


 女性客でごった返しているような店かと思っていたが、そうでもない。やや値の張る物が多いからか客の影はまばらだし、女性客だけでなく男性客の姿もある。


 すぐに店の奥から店員がやって来てラナンに声をかけた。ラナンと二言三言話すとまた奥に引っ込んでいく。


「少し馴染みの店でね、取り置きしてくれているんだ」


 なるほど、と頷き店員と商談を始めたラナンから離れてこっちはこっちで店内をぶらりと見て回ることにした。


 男性用の小物としてはカフリンクスやタイタックが多い。女性用では髪飾りやショール、帽子が目につく。どれも従騎士の給料ひと月分くらいなのでけっこう高い。


 あ、この髪飾りいいな。彼女に似合いそうだ。


 ケープルビナと三日月がモチーフの銀色の髪飾りが目を惹いて思わず立ち止まる。


「贈り物をお探しですか?」

「あ、いえ……」


 すかさず店員に声をかけられ、ちょっとのけぞった。


「東の方はご存知ないかもしれないですね。ケープルビナと三日月は、我が国では伝統的な組み合わせなんですよ。今時分の若い方は少し古臭く思われるかもしれませんが、私などは若い方にこそこうした品を身に着けていただきたいと常々」

「はあ……」


 言いたいことはなんとなくわかる。若い女性が古典的な柄の浴衣や着物なんかを着たとき、かえって品がよく見えるのだと聞いたことがあった。確か、姉の浴衣を買ってやるときに母親が言っていたんだったか……。


「ケープルビナの花言葉をご存知でしょうか?」

「いえ……」


 さっきから曖昧な返事しかできず、だんだん情けなくなってきた。


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