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53.傲慢と慟哭 -後-

 王は、その後椎葉に視線を向けたものの、結局無言のまま踵を返した。


 椎葉に向けても一言あるかと思ったが、今この場での言及は避けたようだった。王子の出方を見ようというところか。


「ラナンはアヤトの手当てをしてやれ。それが済んだら今日はもういい」

「わかりました。アヤト、行こう」


 ああ、と頷いて散らばった私物を拾い集め、箱に詰め直す。その間、カルカーン王子は無言のまま国王の去った方を見つめており、驚くほど静かだった。


「えっと、今のなんだったの? 後継者がなんとかって、どういうこと? カーンが次の王様なんじゃないの?」


 椎葉がおろおろと首を傾げるが、王子からの返答がない。レオも王子のことをしきりに気にして、椎葉に構ってやる様子がない。


 俺とて親切に解説してやる気にはもちろんなれなくて、ラナンと寮へ引っ込もうとしたのだが、


 「あ、礼人くん!」


 椎葉が俺の袖口をつかもうとしたので、ひょいっと避けた。木箱で両手がふさがっているし、続けて二回も落とすのは避けたかったのだ。


「……なに」


 一応、振り返る。さすがに無視はしない。


「ね、国王様が言ってたの、どういうことなの?」

「どうって、殿下が婚約者と結婚しないなら王位は王女殿下に継がせると仰ってたんだよ」


 王子の王位継承の条件が彼女との婚姻だなんて、俺からしたら最悪としか言えない。


「えっ、カーンの婚約者って占いで選ばれたあの人でしょ? 前から思ってたけど、それってひどくない?」

「そうかな」


 俺としては、占いの子でない後継者が王になるとどんな弊害があるのか、身近で実例を見てしまった今、ますます軽々しい物言いはできなくなった。いらぬ後継者争いを生むのが目に見えているわけだしな。椎葉はその辺のことを知らされていないんだろうか。


「そうかなって、そうに決まってるよ! 占いなんかで決めた相手と愛のない結婚をしたって、みんな不幸なだけだよ。生まれてくる赤ちゃんだって、両親がそんなふうじゃかわいそうでしょ」


 その赤ちゃんの成長した男が目の前にいるわけだが、椎葉は気がついているのかいないのか。


 王子を盗み見るが、やはり心ここにあらずといった有様で反応がない。ここまで静かだとこの男が頭の中で一体なにを考えているやら、不安ではある。


「そうかな。そんな単純な話でもないと思うけど」


 愛し合った両親から生まれた子が必ずしも幸福になるとは限らないし、愛のない両親から生まれた子が必ず不幸になるとも限らない。


「この国の人、みんなちょっとおかしいよ。だって占いなんかで結婚相手を決めたら、なにかうまく行かないとき『好きな相手じゃないから仕方ない』って、きっと占いのせいにしちゃうよ。私、やっぱり結婚は絶対に好きな人同士でするべきだと思う! っていうか、なんで好きな人同士で結婚しちゃいけないの?」


 こいつ、本当に調子のいいことばっかり言うよな。


 俺だってそう思うよ。心からそう思う。


 彼女に不幸せな結婚なんて絶対にして欲しくないし、今だってエルクーン国王の言うことに心の中で大反発している。なんで彼女が犠牲にならなきゃいけないんだって、心の底から思っている。


 もしできるなら、王子なんかと結婚する前に彼女を攫ってしまいたいくらいだ。


 だけど、この国の事情を知ってしまった今、椎葉のように軽はずみなことは言えない。


「なんでって、王族だからだろ」


 みんな、王族だったり貴族だったりだからだ。婚姻の自由がある王族や貴族なんてむしろほとんど存在しない。大なり小なりみんな国家の犠牲になりながら生きているものだろう。


 他のみんなもそうなんだって、だから我慢するべきなんだって、そうでも思わないときっと辛くてやっていけない。


「だからって……。ねぇ、なんか礼人くん、変わったね。この世界に来て、変わっちゃった。前はそんな冷たいこと言わなかったし、優しい人だったのに」


 絶句した。


 それを、お前が言うのか。


 変わった変わってないかで言えば、それは確実に変わったと思う。日本で未成年者として保護され、ぬくぬくと生きてきた前のままの俺では、ここまでやって来れなかった。


 そういう状況にいた。そして、そういう状況に追い込まれた要因の一つとして椎葉を挙げてもいいと俺は思っている。


 だけど、反論するのももう面倒くさかった。だって、どれだけ言葉を重ねて訴えても、椎葉にはきっと理解できないから。なにを言ってもこいつは変わらないとわかってきたから。というか、その辺が変わったらもう別人だろう。


 なにも言わないほうがましだ。徒労に終わるとわかっていることは、最初からしないに限る。


「アヤト……」


 ラナンが心配そうに声をかけてくる。


「ああ、待たせて悪い。椎葉、じゃあな」

「え。あ、礼人くん!」


 後ろから声が上がったが、今度は振り返らずに寮の門を潜る。


 椎葉と話したからか、なんだかどっと疲れた。


 ただ、あの状態の椎葉に声をかけるでもなく、そして俺と椎葉が話しているにも関わらず静かに立ち尽くすばかりの王子の様子が少し気にはかかった。


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