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52.傲慢と慟哭 -中-

「──ふざけんなッ!」


 これこそ火事場の馬鹿力だと思う。


 ちょうど王子と目が合っておらず、タイミングもよかった。


 思い切り身を捩ってレオの体勢を崩させると、腕をこれでもかと振り上げた。相手が見える位置ではなかったが、肘なり拳なりが当たることを期待していた。


 これがまた運良く当たった。ちょうど掌底をレオの顎に叩き込んだような形だ。


 向こうからすると予想外だったようで、レオが大きくよろける。


 だが、その程度だ。けっこういい位置に入ったと思うが、やはり相手は騎士だ。一般人が銃を持ち出しても敵わないとされる騎士相手に、俺が素手で適うはずがない。


「あー、油断した。忘れてた、けっこうやれるんだったな」


 だけど、とレオが笑う。


「今の発言はちょっとまずいよ。殿下相手に『ふざけんな』って、斬られても文句は言えないよなァ」


 体勢を整えたレオが、腰から提げた剣に手を伸ばす。


 抜くつもりだろうか? 王宮内で剣を抜いたとあっては例え騎士でも処分がくだる。脅しか、それとも本当に抜くか、どちらだ。


「……脅しだと思ってる? 残念、脅しじゃない。言っただろ、発言がまずいってさ」


 そうか、不敬罪か。


 確かにさっきのはぎりぎりのラインだった。


 レオがすらりと剣を抜く。


 しかし、ここで俺が釣られて抜くわけにはいかなかった。向こうには側近兼護衛としての免罪符があるが、当然こちらにはない。俺が抜いてしまえば不敬罪どころではなくなる。


 俺は剣帯から刀を完全に取り外すと、鞘から抜かないままで正眼に構えた。この状態で騎士相手にどこまで対応できるかはわからない。だけどやってみるしかない。


「抜きはしないか。お前、意外と冷静だな」

「レオ、御託はいい」


 外野から王子の催促が飛んでくる。


 レオは苦笑を一つ浮かべると、腰溜めに剣を構えた状態で一歩目を踏み出した。


 身構えた瞬間、割って入る声があった。


「やめてーっ!」


 聞き覚えのありすぎる女の声だ。


 俺も王子もレオもぴたりと固まって、声のするほうを揃って振り返る。


「もうやめて! 私のために争うのは、もうやめて!!」


 頓珍漢なセリフとともに駆け寄ってきたのは、予想どおりの椎葉さくらだった。


 なんでこんなところに、と言いかけた口がそのセリフを聞いてあんぐりと開いたままになる。俺は、どっちから突っ込めばいいんだ?


 なんでこんなところにいるのかと突っ込むべきなのか、それともお前のために争ってるんじゃなくてお前のせいで争ってるんだと突っ込むべきなのか、どっちだ。


「サクラ!? なぜここに……」

「二人の帰りが遅いから心配になって探していたの。そうしたら、騎士? の人と会って」


 椎葉が振り返った後方には見慣れた人影があった。


「師匠……に、陛下!?」


 その二人の後ろにはラナンや、宮中警備の兵士の姿もある。


 なにがなにやら状態ではあるが、ひとまず膝をついて頭を下げた。レオも一瞬で剣を収めて同じ礼をとっており、この場で跪いていないのは国王の息子であるカルカーン王子ときょとんとした表情の椎葉だけになった。


「えっ、陛下って国王様ってこと? 私、国王様に道案内してもらっちゃった」


 恐れ多すぎるだろ。というか聖花祭のお披露目で面識があったはずだろうに、なぜ気づかないんだ。


 王はやれやれと肩を竦めると、改めて王子と正面から向き合った。


「カルカーン、そなたは予の言葉をなんと心得ているのだ。彼は失ってはならぬ貴重な人材だと何度言えば理解する?」


 表情も声音も氷のごとく冷たい。よほど怒っているらしく、先ほど茶を勧めてくれた人とは別人かと疑わんばかりの変貌ぶりだ。


「それは、……しかし私には不要です」

「勘違いをするなよ。そなたに必要か不必要かではない。予と王女に必要だと言っておるのだ」


 王子の顔色が変わった。


「では、やはり陛下は私ではなく妹をご指名になると。私の立太子を遅らせていらっしゃったのは、最初からそのおつもりだったからですか」

「そなたの立太子が遅れたのは単に教会が渋っただけのこと、他意はない」


 教会が渋ったのは、恐らく事実だ。エルクーン王が教会への寄付を縮小している。それを逆恨みして、なんだかんだ理由をつけて先送りにされているのだと思う。


「嘘だ! 陛下は……父上は、最初から私を後継者にするおつもりなどなかった! 最初から、現妃の子を王にするつもりだったのでしょう! 占いで定められ婚姻を結んだ私の母ではなく、ご自分の意思で選ばれた現妃の子を指名するおつもりだったんだ!」


 カルカーン王子が声を荒げた。


「父上は個人的な好悪の情で後継者を選ぼうとなさっている。脆弱な妹などより私のほうが王に相応しいのに、妃殿下とその娘可愛さに目が眩んでおいでだ! 父上は間違っている!」


 王子には王子なりの苦悩があったらしく、それはいっそ慟哭のようでもあった。


「間違えてはおらぬし、予の眼は眩んでもおらぬ。予が後継者に求める要件を今のそなたは満たしておらず、そして今後も満たしそうにない。ただそれだけよ。よく聞け、カルカーン」


 王はそこで一旦言葉を区切ると、いっそ冷徹にさえ見える表情を浮かべた。


「予が後継者に問うは、ただ一つ。予と思想理想を共にし、国家の忠実な下僕となり得るかどうか、それだけだ」

「……私は、陛下のご期待に必ず添ってみせましょう」


 王子の返答を受け、王はふんと鼻を鳴らした。


「なれば、そなたのすべきことは明白。わかっておろうな」

「……わかって、おります。まずは、カナハ・ローレン公爵令嬢との婚姻を、進めます」


 カルカーン王子は唇を噛みしめ、喉から絞り出したような声で言った。


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