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51.傲慢と慟哭 -前-

「っ離せ」


 声を上げるとますます頭を強く押しつけられる。顔に砂利が食い込んで痛い。


「無駄口を叩くな。殿下の質問にだけ答えるんだよ」


 言いながら俺の背中に乗った膝がぐりぐりと動かす。やめろ、そこは腎臓だ。急所だ。


「……大したことは言ってない。改革を急ぎすぎるべきじゃないとは言ったけど」

「嘘をつくな! それだけのはずないだろ」


 レオが叫ぶ。それも耳元でだ。


「本当にそれくらいしか言ってない。陛下になにを言われたのか、逆にこっちが聞きたいくらいだ」


 尋ねるとレオも王子も一瞬黙り込んだ。


 よほどきつくたしなめられたか?


「……サクラとローレン公爵令嬢、どちらか一人を選べと」


 王子が呟いた。それは、この王子にしては珍しい様子ではあった。はきはきと話すようなタイプでもないが、こんなに歯切れの悪い話し方をするところは初めて見たからだ。


 王は二者択一で迫ったらしい。よほど腹に据えかねたようだ。


 さっき話したときはそんな様子ではなかったのに、この短時間に一体なにがあったんだ……?


「私がサクラを選べば、立太子をさせないとも仰った。妹のほうを後継者に指名すると」


 け、けっこう強気に出たんだな、国王。


「占いの子ではない、あの脆弱な妹をだぞ! あり得ぬ! 挙句、なんと仰ったと思う!? 妹の側近をユキムラと……言うに事欠いて、お前を指名するなどと! お前がいらぬことを吹き込んだのであろうが!」

「はっ?」


 初耳すぎて思わず素で聞き返してしまった。


 ユキムラと俺を王女の側近にする? いやいやいや、そんな話なにも聞いてないぞ。


 寝耳に水とはまさにこのことだと思う。


 こんな異世界からやってきたぽっと出の人間を若い王女の側近につけるだなんて、正気の沙汰とも思えない。


 一体、なにがどうなって……、


「あのように声を荒げられた父上は、初めて見た」


 いや、それ、完全に親子喧嘩……。


 若く見えても国王は一〇〇歳のはずだ。自分の息子と話すのに熱くなってどうする。まさか後継者指名の話は売り言葉に買い言葉か? 本気で言ったのか、どっちだ。


 まあどっちにしても、


「では、ローレン公爵令嬢とご結婚なさればよろしいのでは?」


 俺が言えるのはこれくらいだ。もちろん内心ではあの人と結婚とかふざけんな絶対にやめろと思っているけど。


「それは、無理だ。私はサクラ以外の女など……」


 無理なら王位を諦めるしかないね。はい、この話これでおしまい。おわりおわり。解散!


 めんどくさくなってきて投げやりに答える。


「では、諦めなさいませ」


 が、どうもそれが気に障ったらしい。


「レオ、そいつの顔をこちらに向けろ」


 レオに髪をひっつかまれ、無理やり頭を上げさせられる。そうして見上げた先には、金色の目を冴え冴えと凍らせた王子がいた。


「っ……!」

「この目に抗えもしない癖に、お前はいつも偉そうな口を利く」


 間近から覗き込まれれば込まれるほど息がしにくくなる。がたがたと震えが止まらない。


 嫌だ。その目は駄目だ。


()()()()()()


 背けようとした視線が、その言葉に操られるように王子の瞳へと固定される。自分の体のことなのに、どうしても目を逸らせない。まるでさっきの言葉そのものになんらかの力が宿っているかのようだった。


「お前は、最初から目障りだった。ただサクラと同じ世界から来たというだけだ。そして同じ名を持つ、それだけだ。真なる力を持つ私からすれば、矮小な存在だ。であるのに、サクラはなぜお前を……」


 王子が独り言のように呟く。


 王子は俺と椎葉を同じ名前だと言うが、そんなに大層なものではない。苗字や名前の読みが被ることなんて日本ではしょっちゅう起こる。


「決して……サクラは、決してお前を愛してなどいない。あれは、ただの刷り込みだ。お前に見捨てられれば、この世界で孤独になるという恐怖……お前たちの間にあるのは、それだけだ」


 いや、俺も椎葉さくらに愛されているなんて思ってない。それにたぶん刷り込みなんて高尚なものでもない。


 椎葉のあれはただの蒐集(しゅうしゅう)(へき)だと思う。王子のことは好きだけど、同じ世界から来た俺のことも手元に置いておきたい。あいつの気が向いたときに元の世界の話ができる人間がほしい。ただ、それだけだ。


「……だとしてもだ。サクラの心を、例え一部であろうと、私以外のなにかが占めるなど許されぬ!」


 ええ……。もう無茶苦茶だな。


 こんな男にエルクーン国王の後継者が務まるとは到底思えない。完全に脳内お花畑の恋する人だ、色惚けしちゃっている。


「っでは、……どうなさいますか? あなたが脆弱な存在と蔑む……占いの子ではない後継ぎを、竜の巫女との間に、もうけますか?」


 息がしづらいせいで、長文を喋るのも一苦労だ。最後まで言う頃には、はあはあと息切れまでしていた。


 ただ、俺のこの発言は王子の弱いところを抉ったらしい。王子は息を呑むと、細く息を吐いて目を瞑った。


 途端にまともに息ができるようになり、震えもぴたりと止まる。竜眼恐るべし。


「仕方ない、ローレン公爵令嬢を抱こう。そして、あれが子を孕めばサクラの子として育てる」


 ……は?


「後継者は強い男児でなければならぬ。これは、王族の義務だ。サクラ以外となど苦痛でしかないが、義務とあれば……」


 は?


 そこで、なんで、お前が被害者面をするんだ。


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