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50.きざはしを行く者 -5-

「いずれにせよ、カルカーンとは婚姻の件で早急に話し合わねばならぬな。アヤトとこうして話して、改めて気づいた。動くとなれば、()く動く。戦のみならず政においても肝要なことであった」


 王は自身でも得心がいった、と言わんばかりに手を打つと、ユキムラを目線で呼びつけた。


「今より王子をここへ」

「今から、ですか。いえ、そのように」


 穏やかそうな人柄に見えて、王は意外とせっかちのようだ。ユキムラも多少面食らってはいたが、そういうことになった。


「アヤトはその足でラナンの手伝いに行ってやれ。恐らくまだ書類に埋もれているだろう」

「……はい」


 頷いたものの、退室の挨拶をまともにできていたのかどうか、あまり記憶にない。


 気がついたときには、自分の私物が詰まった木箱を抱えた状態で、ラナンがこもっている資料室の前に突っ立っていた。


 婚約取り消しという手段も残されているなら、そんなものとっととなかったことにしてしまえ、と思っていた。しばらくは社交界にいづらくなるかもしれない。でもそんなの、一生続くだろう冷遇された妃という立場に比べれば、まだましだ。そう思っていた。


 だけど、あの話を聞いてしまえば、今はもう軽々しいことは言えない。


 寿命が短いゆえに今こうして改革を乱発している王が、誰よりも痛感しているだろう。弱い王は国に乱れを呼び込む。騎士の強さが竜人に依存するというなら、なおさらだ。


 確かに、国のためを思うならばカルカーン王子の妃は占いの女性であるべきだ。


 それが女性にとって悲劇であったとしても、国にとっては必要な犠牲だ。貴族と生まれついたならばその身を国家に捧げるのは当然で、そしてここは間違いなくそんな国だった。


「うわっ、アヤト! いつからそこに立ってたの!?」


 目の前の扉が不意に開いて、ラナンが顔を出した。手洗いにでも立とうとしたところだろう。


 俺はまじまじとその顔を見つめた。


 ……国にとって必要な犠牲。ラナンの姉が、彼女が……。


「……あ、さっきから。ちょっとぼーっとしてた」

「ええ? 風邪かな。大丈夫?」


 大丈夫、と答えながらラナンの脇をすり抜けて部屋の中に入る。


 王子が掌中の玉とやらを見つけていなければ、まだずいぶんよかったのにと思う。


 椎葉が現れなければ王子は椎葉に恋なんかしなかったし、そのまま婚約者と結婚していただろう。その場合、ローレン公爵令嬢は愛はなくとも脅威もない、平らかな結婚生活を送ることができたはずだ。


 ……あれ。でもそれって俺のせいじゃないか?


 俺が、あのとき神社の前で誰かどうにかしてくれと思ってしまったから。だから椎葉は俺と一緒にこの世界に来ることになって、そして王子と出会ってしまった。


 というか、俺のせいだ。


 彼女が好きだとか、幸せにするとか、そんなこと言ってる場合じゃない。お話にもならない。


 彼女を不幸にしたのは、他の誰でもない俺じゃないか……。


「え!? アヤト、なんで泣いてるの!? そんなに体調が悪い? もう帰る?」


 ラナンがぎょっと目を見開いて、トイレに行こうとしていたところだろうにそれも忘れて、俺の前であたふたしている。


「いや、別に体調は……」


 悪くないんだけど、おかしいな。


 涙以外のなにものでもない水分が、顎の先からひと粒だけ落ちていった。




 情けない。年下の友人相手に泣いているところを見られるなんて、非常に情けない。


 結局、めちゃくちゃ心配しているラナンに追い返された俺は、今度は寮への道をとぼとぼと歩いていた。


 両手に抱えた木箱がやたらと重く感じる。重量物といえば教科書くらいなのだが、なんでこうも重いのだろう。気持ちが落ち込んでいるからだろうか。


 悲劇の主人公ぶるつもりはまったくないし、全部が全部俺のせいだとはもちろん思っていない。思ってはいないのだが、さっき気がついてしまったことがけっこう堪えているらしい。


 とはいえ、ラナン一人に仕事を任せておくわけにもいかない。この荷物を部屋に置いたら、ラナンのところへ戻ろう。


 やるべきことは山積みの書類として鎮座しているし、鎮座していないやるべきことは打ちひしがれていても変わらない。


 そうだ、とにかく切り替えて前に進まねば……。


 詰所と寮が見えてきて、自然と足が速くなりかけた。


「……ああ。いましたよ、殿下」

「やることはわかっているな」

「はいはいっと」


 ぼんやり考えながらだったので反応が遅れたのは確かだ。


 その声に振り返るより早く、俺は伸びてきたレオの手によって地面に引き倒されていた。


 落としてしまった木箱の蓋が開いて、中身が散らばる。教科書やら、筆箱やら、スマホやら、そういうものだ。


「ッ……!」


 背中に感じる固いものは、たぶんレオの膝だろう。近づいてくる気配を感じて顔を上げようとしたが、上から押さえつけられた。


 その俺の目の前に、悠然と歩いてくる者がいる。


 レオは俺の上に乗っているはずなので、別の人間──カルカーン王子だ。


「お前、陛下に一体なにを吹き込んだ?」


 見上げることも叶わない、頭の上のもっと上のほうから冷たい声が降ってきた。


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