5.一方通行の道
その後、ようやく案内された王の執務室では三人の男が待ち構えていた。
真ん中のどっしりした執務机にいるのが国王だと思う。
その後ろにレオと同じ服装の男が控えている。同じように腰に武器をぶら下げているので、騎士ってやつだろう。西洋人っぽい顔立ちの人間が多い中、この男は俺たちと同じ東洋系の顔だった。
騎士の隣には立派な白髭をたくわえた老人、こっちはゆったりとしたローブ状の服を着ている。
国王が意外と若くて驚いた。カルカーン王子が俺たちと同い年くらいに見えるので、その父親だろう国王はもっと年配かと思っていた。俺の父親より一回り以上若く見える。
「超越者よ、我が国へよく来てくれた。クライシュヴァルツ国第七代国王として、予は諸君らを歓迎する」
王子と同じ金色の竜眼を優しく細めて、国王が鷹揚そうに笑った。
この人の目は不思議とそう恐ろしくない。優しそうで親しみやすい感じさえあった。
「それも一度に二名の来訪とは、初めてのことだ。喜ばしく思う。そなたらの名を聞かせてくれ」
「椎葉さくらです」
「……佐倉礼人です」
おお、ここに来て初めて俺は名乗ったぞ。王子たちには聞かれもしなかったからな。
「では、サクラとアヤト、この二名を超越者として認めよう。神祇伯よ、それでよろしいな?」
国王が髭のお爺さんに向かって尋ねる。
神祇伯ということは、さっきから話題に出ている神祇省というところの偉い人が、この老人なのだろう。長い白髭といい、昔流行った魔法もののファンタジー小説に出てくるキャラクターみたいな出で立ちだ。
「さようで──」
「陛下、少し」
その老人が喋ろうとするところを、横手から王子が遮った。
「サクラはともかく、アヤトは男です。超越者はすべて女性で、男性がいたという記録は一つもありません。彼を超越者と認めるのは、早計ではありませんか? 伯の占いでも、超越者が二人現れるという卦はなかったはずです」
……王子は、どうしても俺を超越者と認めたくないらしいな。
「ふむ。だが、超越者を一人だとする卦があったわけでもない。であろう、伯よ」
「さようでございますな。男性であることも、そう問題ではありますまい。むしろ神の御意思を感じますな」
国王と神祇伯は、そういう立場らしい。
「……お二人がそう仰るのであれば、これ以上は申しますまい」
偉い人間二人にそういわれては、カルカーン王子もそれ以上反対しにくいようで、大人しく引き下がった。
その様子を見て、国王も満足そうに頷いた。
「今日のところはそれくらいか。二人とも疲れているだろうから、休んでくれていい。部屋を用意させよう。そうだな、予の宮に……」
「陛下」
今度は王の言葉だというのに、またも王子が遮る。
「そういうことであれば、ぜひ東の宮で引き受けさせていただきたく。北の宮は妃殿下のことで慌ただしくされているでしょう? それに、サクラもアヤトも私と同年代。二人も東の宮のほうが気楽かと存じます」
お前のそれは不敬じゃないのかよ、と思ったが黙っていた。
「……ふむ。では、東の宮に二室用意させ、二人が安らかに過ごせるよう、最大限もてなすように」
「御意」
それで、この場での話は終わりのような雰囲気になってしまった。
王子の管轄らしい東の宮に部屋を用意されるのは、まあいい。どうせカルカーン王子と四六時中過ごすわけじゃない。むしろそんなに会う機会はないだろう。そう思いたい。
そんなことより、俺にはずっと聞きたいことがあった。
「すみません、ちょっといいですか?」
右手をそっと挙げて、発言の許可を得る。これがこの国の礼儀に則っているかどうかは知らない。が、まあいきなり話し出すよりはいいはずだ。
王が目顔で続きを促してきたので、話していいということだろう。
「俺たちは、元の世界に帰れるんでしょうか?」
そう、大事なのはこれだ。
俺たちは望んでこの世界にやって来たわけじゃない。命の危険がないとわかれば、当然気になるのはその次のことだ。
多少時間がかかってもいい。その間、異世界のことが聞きたいとならなんでも教えてやる。だけど、その後は……当然、普通は帰りたいと思うだろ。
「そうだな。そなたらにとっては大事なことだ。……悪いが、超越者が元の世界に帰ったという記録はない。彼女たちのほとんどは、この国で結婚し、この国で子を産み、そしてこの国で亡くなった。中には独身を貫いた者もあったが、最期は同じだ。誰一人として、帰った者はいない」
国王が沈痛な表情で言った。
とても真摯で嘘をついているようには見えない。俺たちが帰りたいと思う気持ちを理解した上で、帰れない現状に共感してくれているようだった。
「そ、そんな……」
「帰れないのか……」
さすがの椎葉も今だけは能天気ではいられないらしい。顔を真っ青にして呆然と呟く。たぶん俺も似たような顔色だろう。
帰れない。その言葉が重くのしかかってくる。
二度と家族に会えない。
朝、なんと言って出かけてきたのだったか。
ちゃんと行ってきますって言ったっけ? そのとき、母親の顔をきちんと見ただろうか?
父親と話をしたのは、何日前だった? 確か、先週末だったな。最近仕事が忙しいと嘆いていた。
では、姉は? 姉は大学入学以来家を出ているので、最後に会ったのは父親よりもずっと前だ。
まさか帰れないだなんて思ってもみなかった。
部屋の中がどんより沈黙する。
王も神祇伯も、俺たちの落ち込みっぷりを見て、かける言葉が出てこないようだった。
が、その中でカルカーン王子だけが一歩前へ進み出て、椎葉の前に立つ。
「その分、と言ってはなんだが……私の東の宮を我が家と思い、くつろいで過ごしてほしい。必要なものがあればなんでも言ってくれ。必ず叶えると誓う」
椎葉の大きな目に涙が浮かび、そのうち決壊してぼろぼろこぼれ落ちた。
「泣くな、サクラ。私がいる、助けてやる。だから、泣くな……」
「うん、うん……。ありがとう、王子様」
「……私のことは、カーンと呼べ」
「カーン、王子?」
「王子はいらない。カーンと」
「カーン……」
あ、これさっきの続きですか。俺、疲れたんで先に東の宮に案内してもらっていいですかね。