47.きざはしを行く者 -2-
王は眉根を寄せて俺の訴えを聞いていた。そして、聞き終わるとすぐに隣の事務官に視線を向けた。
「確認してまいります。東よりの報告では、超越者殿が従騎士になられた折に返却したという話でしたが」
事務官は王の耳元でそのように囁き、静かに部屋を出て行った。
「……じきに戻ってくるであろう。それまで茶でも飲んでいよう。ユキムラ、あれを」
どうやら師匠手ずから茶を淹れてくれるらしく、ユキムラが立ち上がって茶の準備を始める。
「そなたが来たときにと思って用意させておいたのだ」
出てきたのは高級そうな煎茶とケープルビナを模したらしい薄桃色の和菓子だ。
「ありがとうございます」
さっきのやり取りが聞こえていたとは言わず、香りのいい煎茶をゆっくりと口に含む。
俺の私物は、本来であれば従騎士になったときにとっくに返されていたはずらしい。恐らく国王かユキムラがそのように指示していたのだと思うが、俺が今言わなければどうなっていたことやら。
本当につまらない小細工をしてくれる。
「おいしいです」
「口に合ったならよかった。ユキムラがあれは駄目これも駄目、と東の国の品にはうるさくてな。あまりにも厳しく、料理長の泣きが入るほどだった」
「あれは、あの者に才能がなさすぎるのです」
ユキムラがぶすっとした口ぶりで言うものだからちょっと笑ってしまった。
三〇分ほど経っただろうか、しばらくしてさっきの事務官が小箱を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました。超越者殿、ご確認ください」
頷いて差し出された箱の中身を改める。
制服、リュック、靴。紙袋に包んであるのは、たぶん下着かな。それから軽く梱包された状態のスマホ。どれも俺が最後に見たままの状態で、俺のものだからと乱暴に扱われていたわけではなさそうだ。少し安心した。
「……ありがとうございます。経緯はどうあれ、手元に戻ってなによりです」
俺はにっこりと作り笑いを浮かべて、王へ頭を下げた。
王の顔色がわずかに変わる。俺の言いたいことを正しく読み取ってくれたらしい。
嫌味が伝わるタイプで安心した。宇宙人相手だと、嫌味どころか同じ言葉で話していてもコミュニケーションが取れないからな。
「そなた……いや、やめておこう」
王は、俺がこのことを明らかにしてチクチク文句を言うつもりがないことまで理解してくれている。さっきのが王自身への牽制であることも恐らく。
要するに「意外と耳がいいので、俺を安易に利用しようとするのはやめておいたほうがいいですよ、じゃなきゃそのうち噛みついちゃいますよ」という無言の意思表示だ。
小首を傾げて見せると、王はほんのりと苦笑いを浮かべた。
「では本題に入ろうか。そなたの書いてくれた報告書をすべて読んだ。その上で尋ねたいことがいくつかあってな」
報告書というのは、俺が一般教養の授業を受けるたびに提出していた感想文のことだ。毎回せっせと長文を書いていたので、けっこうな分量になっていると思われる。
「すでに知っていることかと思うが、予は議会から嫌われていてな。これは予の進める政策が原因なのだが、とくに議会の反発が大きいのが貴族の免税特権の廃止だ」
「はい」
国王……エルクーン・クライシュヴァルツ国王はかなり文官よりの王だと思う。
エルクーン王の政治における方針は富国強兵、これにつきる。先王が戦争で作った負債を補填し、弱った国を強くするといういたってオーソドックスな方針なのだが、その過程がすごい。
歴史上の名君と言われる人の魂、何人分乗り移っていますか? と聞きたいくらいだ。
まず、先王である父親が亡くなると同時に、その人が進めていた領土拡大政策を取りやめた。
次に、敗戦処理で疲弊していた国庫を回復するため、教会──ひいてはアンゲラ教国への援助を縮小した。これには当然反発があった。教会からも国内からも、相当なバッシングがあったと思われる。竜の末裔であるエルクーン王だからこそ強行できたことだろう。
それから宮中行事の簡素化、後宮制度も自分の代で廃止した。
同時にすべての国民に戸籍を作った。親のない孤児ですらも新しく設けられた王立の孤児院に入れられ、全員に姓が与えられる。与えられる名は孤児院ごとに異なるが、例えばここ王都の孤児院であれば、皆フォーカスライトという姓を持つよう定められていた。
一方で各商人組合には貿易権や専売特許権を競争入札させる仕組みを整えていたり、本当に抜かりがない。
エルクーン王の代になってから支出は大きく減り、逆に税収は微増したらしい。
そして満を持して二年前に実施したのが、農奴の解放。地方貴族の財産だった農奴を解放させ、職業選択や移動、結婚の自由を与えた。
世界史の授業で聞いたような政策ばっかりだが、一代ですべてやるとなると正直かなり無理があると思う。ひとえに現人神として崇められる竜人であってこそだと思うが、それでも改革の連発は必ず反発を生む。
農奴解放で貴族から相当叩かれたのに、そこへさらに貴族の免税特権廃止という爆弾をぶち込もうとしているのだ。
「早すぎます」
俺ははっきりきっぱりそう言った。




