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46.きざはしを行く者 -1-

 騎士団の寮には、王都で発行されるすべての情報誌が毎日納められる。そしてその中には件の絵新聞も含まれる。


 早朝、いつもどおりの時間に起きて基礎訓練を終えると、さっそく問題の新聞を手に取ってみた。


 一面トップだ。


 椎葉とカルカーン王子のあの夜の様子は、芸術品のように精緻な版画によって生き生きと描かれていた。完全に二人きりの世界で、背後にはカラーでないのがもったいないほど様々な花が刷られている。


 人物自体はリアル調だが、バックに花が飛んだ構図は少女マンガそのもので、見ていてけっこうきつい。


 やたらと美化されて描かれた紙面の巫女姫は、あの夜迎賓館で見たとおりのドレスを着ている。今流行りのエンパイアドレスだ。外国の絹をふんだんに使ったドレスは純白で、表面には真珠や薄い薔薇色の宝石が随所に縫い込まれている。


 国王が質素倹約を政策として進めるにあたりあまり華美にならないエンパイアドレスが流行ったと習ったが、そんなものどこ吹く風と言わんばかりに豪奢なドレスだった。


『カルカーン第一王子殿下と共に現れた竜の姫巫女は、眩いドレスに身を包み……(略)……内部関係者によると、彼女のドレスは第一王子殿下が自らお選びになったと言う』


 ……ドレスの件が新聞にまですっぱ抜かれている。

 

 仮に、カナハ嬢とラナンの家が本当にローレン公爵家だったとする。いや、あくまで仮の話だ。イフ、仮定の話である。


 カナハ嬢の婚約者は当然カルカーン王子ということになる。


 だとすると聖花祭当日の彼女のあの様子にも合点がいく。


 できるだけ感情を表に出さないよう訓練を受けているだろうに、その彼女ですらどことなく物憂げだったのだ。


 カナハ嬢は王子の気持ちが別の女に向いていることをすでに知っていたのではないか。


 少なくとも自分以外の女性をエスコートする話は事前に知らされていたと思う。王子本人は伝えていなかったとしても、さすがに周りの大人が公爵家へ知らせていただろう。


 ドレスの件も小耳に挟む程度には聞いていたのかもしれないな。


 ……それであの様子だったんだ。


 新聞を掴む手にちょっと力が入りかけて、慌てて元のとおりに畳み直した。


 不意に、ラナンの声が蘇る。


『君が姉の婚約者だったら、姉もきっと幸せになれるのに……』


 なんて残酷なことを言う男だと思ったものだが、今ならあの言葉にも笑って返事をできる自信があった。


「当たり前だろう。あんなやつなんかより俺のほうが絶対……」


 彼女を、幸せにできる。


 王子なんかよりずっとずっと大切にする。俺は他の女をエスコートしたりなんかしない。ドレスだって彼女にしか贈らない。彼女をないがしろになんて、絶対にしない。


「くそっ……」


 新聞を手放し、空になった手を力いっぱいに握りしめる。


 ……俺には、なにができるだろう。




 ユキムラに連れられて向かった王の執務室では国王その人と事務官一人が待ち構えていた。


「アヤト、よく来てくれた!」

「国王陛下、本日はお招き頂き……」


 儀礼に則って挨拶をしようとしたのだが、国王本人が手を振ったので途中で止めた。


「そのような挨拶は必要ない。言ったであろう、余人を交えず話がしたいと。少なくともこの部屋にいる間だけは気安く接してほしい」


 そう言って笑う姿は、やはり若々しく見える。三〇そこそこだろうユキムラと比べても、さほど年上のようにも見えない。せいぜい、三五か六くらいにしか見えないのだ。


「まずは第一王子のことを詫びねばなるまい。予の息子がすまなかった」


 若いけど、でもやっぱりあの王子の父親らしい。こうなると何歳のときの子供なのか逆に気になってくる。


「陛下に謝っていただくなど、恐れ多いことです。おやめください。あれは王子殿下と俺の問題ですから」


 言外に親が出しゃばってくるんじゃねえ、と匂わせておく。


 それに、一国の王相手に気安くだなんて今はもう絶対無理だ。厳しく礼儀作法を躾けられているおかげでだんだん身に染みついてきているのだ。


 俺を迎え入れるために立ち上がっていた国王はちょっと寂しそうに笑うと、こちらに着席を勧めてから自分も椅子に腰かけた。


「とはいえ、な。せめてなにか望みを言ってくれないか。でなければ、予の気が済まぬ」

「望み、ですか」


 今となってはけっこう色々あるんだが、どこまでなら許されるんだろうか。


 あなたの息子とローレン公爵令嬢の婚約を取り消してください、とかはまず無理だろう。そもそも彼女の意思も確認していないのに、そんなことを勝手に頼めるわけがないし。


 妥当な望み、なにかないかな。


 王が俺への引け目を忘れない程度の、軽い望み。


 ……あ、一個ある。


「でしたら俺の持ち物を──もとの世界から俺が持ってきた物を返していただくことはできませんか?」


 特にスマホを返してほしかった。バッテリー切れでもう使えないだろうが、だとしてもあれが手元に戻ってくるとそれだけで心強い。


 スマホは俺にとってもとの世界の象徴で、そして一番最初に俺から奪われたものだからだ。


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