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45.うわさ

「ねえ、お聞きになりまして?」

「あら。わたくし、先だってのパーティーで直接拝見しましてよ」

「まあ! でしたら、ぜひ教えていただきたいですわ。あの噂は本当ですの?」


 ご夫人方のそんな声が聞こえてきたのは、警備に駆り出された夜会でのことだ。


 今俺のいる場所の真上に、ダンスホールから直接行き来ができるバルコニーがある。どうもその近辺で集まって話をしているようだ。


 別に聞き耳を立てているわけではない。ただご夫人がたの声が高く、筒抜けレベルでよく聞こえるだけだ。


「竜の巫女様と、カルカーン王子殿下の恋のお話……!」

「姫巫女様というのは、どのようなお方でいらしたの?」

「噂ではお可愛らしい方だそうですわね」


 椎葉とカルカーン王子のことらしい。


 あの聖花祭のパーティーでお披露目されて以来、冬の社交界はこの話でもちきりだった。


「お目々がくりっと大きくて、きょろきょろと辺りを見渡していらして、東の方特有のお顔立ちもあってかずいぶん幼気に見えるお方でしたわね。殿下からすれば庇護欲を誘われるのでしょう」


 褒めてるんだか貶してるんだかよくわからない表現だ。貴族の女性はよくこうした話し方をするので、内心を読むのが難しい。……が、これは恐らく貶しているんだよな?


「異世界からいらして心細くお思いのところを、王子殿下がずいぶんと親身にお慰めになったと聞きましてよ」

「とても仲睦まじい様子でいらしたわ。あの分ではお互いに憎からずお思いなのではないかしら」


 賑やかにお話しだったが、話題が話題だからかだんだんと声が低くなってきた。


「えっ、でも殿下にはご婚約者様がいらっしゃるでしょう?」

「もちろん。お相手はあのローレン公爵令嬢でしてよ」


 最後の一人はことさら声を落として囁くように言う。


「先だってのパーティーにはあの方もいらっしゃったんでしょう。そのときのご様子はいかがでしたの?」

「面白くお思いになるはずがないでしょう。ご自分のご婚約者は別の女性をエスコートしていらして、ご自分のエスコートはご家族が、ですから……」

「まあ! でしたら、ローレン公爵ご本人が?」

「いいえ、ご当主ではなくお兄様のほうね」


 ため息のような相槌が複数漏れる。


「そういえば、これはここだけのお話にしていただきたいのですけど」

「まあ、ずいぶんと勿体ぶった仰りようね」


 ひそひそとした内緒話は、まだ続く。


「……姫巫女様のお召しだったドレスは、王子殿下がお贈りになられたものだとか」

「まあ! まあ!」

「わたくしもそう聞きましてよ」


 ドレスの件まで思いっきり噂になっている。警備中なのに思わず吹きそうになった。


「南シャザラーヌの絹を使った、それはお美しいドレスでした。王都新聞の記者もおりましたから、絵新聞になったのではという話です。城下でもずいぶん噂になっているんだとか」


 新聞にまでなっているらしい。一体どんな書き方をされているのか、椎葉のことだが少し興味が出てきた。


「ドレスまでお贈りになるとは、殿下のご執着ぶりが目に浮かぶようですわね」

「城内でも噂になっていると夫が申しておりました。腕を、こう……お組みになっている姿を何度か拝見したとか」

「まあ! それはまるで庶民の恋人同士のようななさりようですわね」


 こう組んで、といいつつ女性同士で実践でもしたのだろう、華やかな感嘆の声が上がる。椎葉と王子はよほどべたべたとくっついているらしい。


 あの二人、もはや隠すつもりもないのではないだろうか。


「ですが婚姻ごとは神祇省の定めによるものですから、いかにお二人が思い合われても……ねぇ?」

「それが王族の方が姫巫女様とご結婚された実績があったそうで、見直されるのではというお話を聞きました。姫巫女様には御加護がおありですから、あえて占いのとおりに従わなくてもよろしいのだとか」

「こう申してはなんですが、それはあくまで後添えとしてでしょう? 正妃としてではなかったはずですわ」


 夫人がたは一様にうーん、と唸り声を上げて静かになった。


 皆、若い王族の恋の行方が気になっているらしい。その辺は偉い人のゴシップが面白おかしく語られる元の世界と同じのようだ。


 しばらくすると、バルコニーの夫人がたは旦那やお付きの者に呼ばれ、それぞれ散り散りになっていった。


 急に静かになった。


 冴え冴えとした空を見上げてため息をつく。ちなみに、吐いた息が一瞬で白くなるほど寒い。


 ローレン公爵令嬢は自分の婚約者の噂をどのような気持ちで聞くのだろう、と空を見上げて思う。きっとその人は物憂げに微笑んで頭を振るのではないだろうか。


 見たこともない想像上の令嬢がやけにリアルに思い浮かぶのは、同じ境遇の女性を俺がよく知っているからだろう。彼女、カナハ嬢の浮かない様子があまりに鮮明に記憶に残っているから。


 ……それだけのはず、だ。




 夜会の警備を終えて部屋に戻ると、ラナンが迎えてくれた。今日のラナンはユキムラと共に出かけていたのだが、そちらのほうが先に終わっていたようだ。


「師匠から伝言があるよ」

「伝言?」


 上着を脱ぎながらラナンのほうを振り返る。


「明日は一緒に出仕してくれだって。国王陛下が君とお会いになるらしい」

「ああ、ついにか」


 向こうの都合で伸び伸びになっていた「余人を交えず話をしたい」というやつだろう。国王とはこの世界に来たとき以来会っていないので、ずいぶん久しぶりに顔を合わせることになる。


「わかった、ありがとう」


 一つ頷いて、ラナンをじっと見つめる。


「なに?」


 彼女と似た色合いを持つ少年が小首を傾げた。そんな仕草は彼女とそっくりだ。


 ラナンは自分の故郷について一度だけ語ったことがあった。国内で最も雪深い土地、北の要ローレン領の出身だ、と。


 四大公爵家、北の要、冬のローレン──ローレン公爵家については様々な呼び名があるが、国内に四つある公爵家はすべて元を辿れば王家と同じ血に端を発する。つまり、王族に次ぐ高貴な血の家系だ。


 俺がラナンについて知っているのは、彼がそのローレン領の出身で元は貧しい暮らしをしていたこと、そして今は貴族の一員であるらしいこと。それからカナハ嬢という姉がいること。そしてレオだけでなく王子やユキムラにもその顔が知られていることだ。


「な、なんなの?」


 従騎士の規則のこともあり、まさか「ラナンはローレン公爵家ゆかりの人なのか?」と聞くわけにもいかない。


「……ラナンってカナハ嬢以外にも兄弟がいるか?」

「歳の離れた兄がいるよ。急にどうして?」


 そうか、お兄さんか。そうか、そうか……。


「……いや、えらく面倒見がいいから弟でもいるのかと思って」

「急になにかと思った。弟はいないよ。できる予定もないんじゃないかなぁ。両親は不仲だからね」


 俺は再びそっか、と頷いた。


 別にそうと確定したわけではない。ないんだが、こんなときの勘ってだいたい当たるんだよなぁ……。


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