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44.月と花と雪の夜に -6-

 かわしたものの、王子に睨まれているせいで動きが悪い。この次を避けられる自信がない。


 万事休すかなと思っていると、


「アヤトっ!」


 ラナンが走り寄ってきて「やめてください!」と叫んだ。それからレオと俺の間に体を入れてきて、強引に引き離す。


「もうすぐお客様方が来られます。このようなところをご覧になったら、皆様どのようにお思いになるか」

「へえ。言うようになったじゃん。この前はアヤトに庇われてぶるぶる震えてたのにさ」


 引き離されたレオが口の端を吊り上げて、厭味ったらしく言う。


 ラナンは顔色を少しだけ変えたが、すぐに挑発されていると気づいたのだろう、返事はしなかった。


「わっ、かわいい。男の子だよね?」


 そのレオの横から椎葉がひょっこり顔を覗かせる。


「そ、そうですけど」

「ね、君からも礼人くんに教えてあげてよ。女の子のことはちゃんと褒めなくちゃ駄目だよって。女の子はね、男の人から褒められて大事にされて、それでもっと綺麗になるんだから」


 聞いた瞬間、思わずうめき声が出た。


 なんだ、そのやけにセリフじみた言い方は。なにかのマンガから引用でもしたのか。


 一方のラナンは面食らったように目を瞬かせ、椎葉をまじまじと見た。そこそこ付き合いが長くなってきたからか、ラナンが今考えていることが手に取るようにわかる。


 すなわち、この人の言っていることが理解できない、だ。激しく同感だ。


「……だそうだけど?」


 ラナンが小声でそのように言ってきたので俺も声を低くして、


「ちょっとなに言ってるのかわからない」


 とだけ答えた。


 椎葉と話していると、宇宙人と会話しているような気分になる。同時に自分の常識が間違っていたんじゃないかと不安になってくる。


 そもそも、そういうことはお前の後ろにいるカルカーン王子に言ったらどうだ、と思う。そいつこそ女性を大事にしていない男代表だぞ。婚約者はどうしたんだ。


「サクラ、もういいだろう。お披露目前に顔を晒すのは確かによくない。従騎士など以ての外だ」


 面食らっている俺たちを見て興が削がれたのか、王子が椎葉に手を差し伸べた。


「え、でも礼人くんは……」

「騎士未満は貴族に非ず。身分が違うんです。さあ、行こう行こう」


 レオからはその背を押されて、椎葉が階段をのぼっていく。


 さっさと行っちまえ。


 気配からしてこちらを振り返り振り返りしながらのようだったが、こちらは王族を見送るとき用の深いお辞儀をしていたので、目を合わさずに済んだ。礼儀作法の色々は面倒くさいけど、こんなときは役に立つ。


「……僕らも控室に行こう」


 心底疲れたような声でラナンが言った。


 確かにいつ招待客がやって来てもおかしくない時間だ。早く引き上げるに越したことはないのだった。




 何千何万ものランタンが火を灯されて、ふわふわと浮き上がっていくのが見える。橙や紺に染まる空には針のように輝く三日月も浮かんでいて、とても幻想的な光景だった。


 遠目の窓越しでなければ、きっともっと綺麗に見えるだろう。


「どっと疲れたね」


 ソファにぐったりと座り込んだラナンがため息混じりに呟く。


 窓に反射しているその姿にちょっと苦笑いを浮かべ、俺はラナンのほうを振り返った。


「なにも聞かないんだな」


 さっきのあれ、結構強烈だったと思うんだけど。俺が竜の巫女と知り合いだとか、レオだけじゃなくカルカーン王子とも不仲だとかさ。


「規則だからね。……っていうのは冗談だよ。僕ね、けっこう色んなことに見当がついているんだ。君が何者かなんて改めて聞かなくてももうわかってる」

「……そうか」


 俺が超越者だとラナンはとうに気づいていたらしい。


「訓練所で君がルンハルト騎士と戦っているときにばっちり聞こえていたんだ。その前から薄々そうなんじゃないかとは思っていたけどね。超越者が現れたって話は聞いていたから」


 つまり、俺たちが従騎士になる直前には、ラナンはもう知っていたということになる。俺が尋ねるより先にラナンがいろいろと教えてくれるようになったのは、そういえばその頃からだった。


「……椎葉とは同郷でさ。最初は俺のことを好きとか言ってたんだ。今はカルカーン王子のことが好きみたいだけど、まだ俺にも執着しているのかな。いまいち考えていることがよくわからなくて」


 そもそもなにも考えてないのかもしれないけど。


「カルカーン王子も椎葉のことが好きなんだよ。それで、椎葉がいちいち俺に構うのが気に入らないんだと思う。どうも折り合いが悪くて、気絶している間に訓練所に叩き込まれた」

「じゃあ、本当に最初は騎士になるつもりなんてなかったんだ」


 なかったんだよなぁ。


 なにも意味がわからなかった。とにかく必死にやっているうちに、強くなきゃ生きてもいけないって痛感して、同時期にちょうどラナンのお姉さんに会った。騎士になるとはっきりと決めたのはそのときだった。


 この際だ。もう全部打ち明けてしまっていいんじゃないかとふと思った。


「……俺、ラナンには恩を感じてるんだ。知っている人間といえば椎葉か王子かレオくらいで、わけわかんないまま訓練所に叩き込まれてボコボコにされてさ。そんなときに、お前だけが親切だった。俺を同じ人間として扱ってくれたのはお前だけだった」


 ラナンは目をぱちくりとして、俺を見つめ返した。


「ラナンがお姉さんのために騎士になるって聞いて、だったら俺は、ラナンとお姉さん二人の力になるために騎士になろうと思ったんだ」

「アヤト……」


 ラナンが目を見開いた。カナハ嬢とよく似た色のその瞳がうっすらと涙に潤む。


「姉さんと僕のために? でも、そんな……僕たちは、僕はなにも返せない。それどころか君に酷いことばかり言ってる。姉だって遠くない未来に嫁ぐ身なんだよ。そのとき君はどうするの?」

「どうもしない。粛々と異形を倒し続けるよ。ちょっとカッコつけちゃったけど、騎士になるのは自分のためでもある。相応の力がなければ、この世界では生きていけないと思い知ったからな」


 だから君たち姉弟はなにも気にしなくていい。俺が勝手にそう決めただけだ。なんなら、迷惑に思ってくれたっていい。


 というか、本当はこんなことを話すつもりもなかったんだ。いくら気にするなって言っても、聞いちゃったら負担になるだろうし。


 ぐすっと鼻をすするラナンの肩を軽くたたいて、もう一度窓の外を眺める。


 外はすっかり暗くなって、いつの間にかまた雪が降り始めていた。そんな中、浮かんで行くランタンはますます夜空に映えて、ただただ美しかった。


「来年は王宮じゃなくて、ちゃんと祭に参加してさ。自分たちで直接ランタンを上げられたらいいよな」


 お姉さんも含めた三人でとは、おこがましすぎて言えないけど。俺はやっぱり他人のふりをしなくちゃいけないかもしれないし、そもそも彼女は嫁いでいるかもしれないから。


 だから、来年は男二人で寂しくランタンを飛ばそう。


 いつかおっさんになったとき、そんなこともあったなって笑えたらそれでいいんじゃないかって思うよ。


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