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40.月と花と雪の夜に -2-

 祭りの最終日であろうが基礎訓練はやる。自分で決めたからというのもあるが、体を動かすと単純に一日調子がいいような気がするのだ。気分もすっきりするし体力は維持できるし、いいこと尽くしだと思う。


 それから素振りと型の練習。刀を用意して以来、これも毎日やるようにユキムラから言われており、走り込みと筋トレの後にせっせとこなしている。だいぶ様になってきたような気がするが、ユキムラに比べたらまだまだだ。


 全部を丁寧にこなしてひとっ風呂浴びると、それでもう手持無沙汰になってしまった。


 俺と違ってラナンは朝からおめかしをして出かけていった。


 たぶん、ハンカチの彼女も着飾って出かけたことだろうと思う。訓練所では地味な装いしか見られなかったが、普通に王都を出歩く分にはそんな決まりはないからだ。


 寒いからあったかいコートを着て、襟巻なんかもしているかもしれない。ドレスは何色だろうか。冬だから落ち着いた色のドレスか、それとも逆張りして明るい色か。肌の白い彼女にならどちらも似合うことだろう。それから足元はきっと編み上げのブーツで……。


「どうした、アヤト。浮かない顔をして。出かけないのか?」

「あ、ユキムラ師匠」


 ぼんやりと朝飯を食べているとちょうどユキムラが通りかかった。


「いえ、ラナンもいないし一人で出かけてもなあと思いまして」


 クリスマスだしな。いや、クリスマスではないんだけど、俺の中ではもう聖花祭イコールクリスマスとして認識されている。


「ふむ。ならば私と出かけるか? 昼までならその辺を案内してやれるぞ」

「えっ」


 ユキムラとクリスマス。


 まじまじとユキムラの顔を見る。……絵面的にどうなんだ、それ。


「支度金が出たとき以来だろう。よし、用意をしてこい。出かけるぞ」

「あ、はい」


 ユキムラがはっきりと断言したので、なし崩しにそういうことになってしまった。俺に気を遣ってくれている面もあるかもしれないが、意外と押しが強いんだよな、この人も。


 いずれにせよ師匠の誘いを断るわけにはいかない。


 よっこらしょと立ち上がり、素直にコートを取りに部屋へ戻った。




 すごい人出だ。


 普段王都に住んでいない人もこの祭りのために遠出してきているようで、どこの通りも驚くほど混雑していた。


 そこかしこに出店があり、蒸留酒を温めて出す店やスパイスの効いたクッキーを出す店をしょっちゅう見かける。以前、父がホットワインには甘いものがいいと言っていたのを思い出した。


 食べ物以外の出店もよく見かける。一番はやっぱりランタンだ。その次にキャンドル。これはランタンに火を灯す用にだろうか。それから冬らしい華やかな色どりの絵皿や小物なんかも多い。


「アヤト、ほら」


 俺がきょろきょろと辺りを見渡している間にユキムラはランタンを二つ手に入れていて、そのうちの一つを差し出してきた。


「え、あ、お金……」

「いらん。さあ、ケープルビナをここに結んで」


 ちょうど階段の手すりに飾りつけられていたケープルビナを一輪抜いて、やり方を教えてくれる。


「え、花とっちゃっていいんですか?」

「そういうものだ。期間中に街を飾っていた花はすべて今日回収されて、ランタンで飛ばされる」


「怒られるのでは?」とびびったのだが、別にいいらしい。見れば周りの人も俺たちのことをにこにこしながら見守ってくれている。


 ……なんだよその生あたかい目。


 どうも東の国出身と見てすぐにわかる俺たちはそこそこ目立っているらしい。異国出身者が後輩か弟に自国の風習を教えているふうに見えているようだ。


「あ、できた」


 ランタン自体は軽く組み立てて、内側に花の茎をくくるとそれで出来上がりだ。意外と簡単である。


 白いランタンを持ち上げてかざしてみると薄桃色の花弁が透けて見えて綺麗だ。


「でも俺たちは飛ばしてる時間がないんじゃないですか?」


 夕方からはまた仕事だ。


「そういう者は皆、作っておいたランタンを広場に持っていくんだ。そうすると他の者が代わりに飛ばしてくれる」

「へえ……」


 まあ、ランタンに火を灯すなんていかにも子供が好きそうだしな。小さい子は喜んで飛ばしてくれそうだし、デート中のカップルにも受けるかもしれない。


 俺のランタンは出来たら子供に飛ばしてほしいなぁ。なんとなくカップルは嫌だ。……僻んでいるわけでは、決してない。


「では広場へ行こうか」

「はい」


 通りに出ていた出店は飲み物や軽食がほとんどだったが、広場に出ているのはそこそこ気合いの入った食べ物の店が多い。座れる場所が多いからだろう。


 鶏の肉を焼いて甘辛いタレに絡めたもの、中に積めるものを選べるホットサンド、変わったマカロニみたいな形の麺料理、いろいろだ。この一帯だけはケープルビナの甘い香りよりがっつりした食べ物の匂いが勝っている。


「ランタンはあそこだな」


 見れば確かにランタンが山のように積まれている場所があった。こうして見ると俺たち以外にもランタンを作るだけ作って、飛ばすのは他人任せという人は大勢いるようだ。


 無事にランタンを預け、出店で昼食にするかと動きかけたところで、


「あれ、アヤトにユキムラ師匠……?」


 後ろのほうでそんな呟きが聞こえた。ラナンの声だった。


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