39.月と花と雪の夜に -1-
王都中がお祭りムードであろうとなかろうと、騎士は今日も仕事をする。すなわち従騎士も仕事をする。
王宮の中も以前とは比較にならないほど豪奢に飾りつけられている。いや、もともとベルサイユ宮殿並みに贅沢な調度品が並べ立てられているのだが、そこかしこに宝石の輪でまとめられたケープルビナが挿されているので、派手派手しいことこの上ない。
宮殿内を行く人の数も普段とは大違いだ。服装からして貴族なのだろうと思うが、どうしてこんなにと思うほどだ。今や事務官や女官の数よりも多いのではないか。そしてそれに伴い警備の人間も多くなっている。
ちなみに今日の俺とラナンはその出入りする人間についての資料集めと整理を任せられていた。
「今月に入ってなんで急に出入りが増えるんだよ……」
その量に思わず辟易としてしまうほどだ。
「ああ、アヤトは知らないよね。この時期は地方を治めている貴族が集まってくるから、自然と出入りも多くなるよ。年明けの年賀会が終わるまで、きっとずっとこんな調子だと思うよ」
ここのところ、ラナンは俺の無知さに慣れてきたようで、俺が尋ねるより先にこうして教えてくれることまである。年下なのに本当によくできた男だ。
年賀会で国王に挨拶するため、地方領主である貴族も続々と集結してきているということだった。
「そういえば、貴族って普段はどんなことをしているんだ?」
「うーん。領地持ちかそうでないかにもよるよ。まず、領地持ちの高位貴族は二年は領地で過ごし、次の一年は王都で妻子と過ごすという決まりがある」
おお、まるで江戸時代の参勤交代のようだ。
ええと、つまり貴族は家族と離れ離れで暮らしているんだな。それも江戸時代の大名制度と同じで貴族に対する人質って意味合いがあるんだろうか。
「人質……まあ、そんな面もあるかもね。アヤトの発想ってたまにすごく殺伐としてるよね。表向きは、貴族に相応しい教育を受けるためだよ。貴族の子息が相応しい教育を受けられるのは、王立学園か神学校か……あるいは騎士訓練所だけど、すべて王都にしかないからね」
なるほど、人質ではなく教育のためか。
学校といわれるとつい元の世界のことを思い出してしまう。今頃は向こうも冬休み目前だ。来年はいよいよ受験生だし、同級生たちはみんな教師や親に尻を叩かれていることだろう。
「ちなみに、王立学園は貴族しか入学できないけれど、神学校は神官としての才能が認められた平民も入学を許可されてる。ここに入学した場合は、神祇省の役人を目指すことになる。稀に教会のほうに行く人もいるけど」
そういうことらしかった。
「王立学園を卒業した貴族のうち、男性は領地に帰って父親の仕事の手伝いを始めることになる。女性は王都に残ってそのまま嫁いでいくことが多いと思う」
つまり、嫁いだら嫁いだでまた王都に留まることになるし、貴族女性はほとんど故郷に帰る機会がないことになる。
それに家族が常に一緒に暮らせないのは、一般人の感覚からするとずいぶん寂しいことのように感じられた。
せっせと手を動かしつつ貴族は大変だなあと思う。
貴族というとパンがなければお菓子を食べればいいじゃないという有名なセリフを思い浮かべてしまいがちだが、庶民にはわからない苦労がたくさんありそうだ。
「ご苦労だったな。今日粗方片付けてくれたおかげで目途がついた。よって、明日は夕の鐘が鳴るまで自由に過ごしていい」
その日の仕事を終えたところでユキムラはそのように言った。
明日は聖花祭の最終日である。
どうも国王が朝から儀式の間に引きこもるため、ユキムラも少し手すきになるらしかった。むろん、夜は夜で王家主催のパーティーがあるのでユキムラは護衛に駆り出される。それに伴い俺たちもまた出仕することになっていた。
そういえば国王のことだ。ユキムラは国王が俺に会いたがっているとか言っていたが、結局向こうが鬼のように忙しくしているらしくて、あれ以来一度も会っていない。
従騎士になってこちら、一般教養の授業を受ける度に出している報告書──というよりほとんどただの感想文だが、それは国王に届けられており、ユキムラいわく目は通してくれているらしい。
まぁ、向こうからの呼び出しがないならないで、俺は別に困らないしなんでもいいんだが。
「うーん、明日か。ラナンはどうするんだ?」
一人で城下町に行ってもなぁ、と思う。だって本当にクリスマスみたいな雰囲気なのだ。つまり恋人同士が公然と手をつなぎ、公の場を闊歩するということだ。
「日中は姉と過ごすことになると思う。夕方からは姉も用事があるから別になるけど、こっちもまた仕事だしね」
「……なるほど」
ラナンはあの人と一緒に過ごすらしい。いいなあ……。
結局、俺は一人か。
クリスマスなのに異世界でも一人。いや、正確にはクリスマスではないんだけどツリーがないだけで実態は似たようなもんだ。
……別に一人でも寂しくなんかない。ないったら、ない。絶対にだ。




