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36.従騎士になるということ -4-

 ユキムラは王の側近なだけあって騎士の中でもかなり忙しいほうだ。週の大半は王宮に出仕して国王の護衛兼執務のサポートをする。これは、他の騎士にはない業務だ。


 では他の王宮詰めの騎士は普段なにをしているかというと、持ち回りで王都近辺に発生する揺らぎの対応を行っている。箔付けのために夜会の警備を任されることもあるが、主体は揺らぎの対応のほうだ。


 この揺らぎは、多ければ日に十回近く出現することもあるらしい。むろん毎回毎回異形が現れるわけではない。とはいえ、どうせまた異形ではないだろうと油断できるほど稀でもない。


「悪いが、明日の非番がなくなった」


 上着を預かったところでユキムラがふと思い出したようにいった。


「なにかあったんですか?」

「揺らぎが()()()だったらしくてな。騎士が一人やられた。その穴埋めに私が出ることになった」


 揺らぎが当たりだった──つまり、異形が出たということだ。


「亡くなったんですか!?」


 横で聞いていたラナンが血相を変える。


「いや、もちろん生きているさ。治療さえ済めば復帰も可能だ。だが、明日はそういうことだから……悪いな」


 非番がなくなった。


 従騎士になって以来初めての休みだったので俺もラナンも楽しみにしていたのだ。だが仕事なのだから仕方がない。


「少し早い気もするが、明日はお前たちも連れて行く。そのつもりで準備しておくように」

「わかりました」


 初めての休みが初めての揺らぎ対応になる。それだけのことだ。


 その揺らぎが当たりなら俺は初めて異形と相対する。従騎士に命の危険が伴うとされる原因と対峙することになる。


「怖いか?」


 ユキムラが片目を眇めて尋ねてくる。


「……少し」

「少しか。面白いやつだ」


 異形がどんなものかもわからないのだ。多少の恐怖はもちろんあるが興味のほうがやや勝る。


 ユキムラは「明日は朝一つ半に詰所前に集合だ。遅れるなよ」と言い、満足そうにくつくつと笑った。


 一方のラナンも口数は減っていたもののそうびびってはいないようだった。


 なぜわかるかというと部屋に戻った頃にはいつもどおりのけろっとした調子で、


「非番に出勤しなくちゃいけないときは、ちゃんと手当が出るんだよ」


 と教えてくれたからだ。


 つまり今度初めてもらえる給料に上乗せされることになる。


「へえ。休日出勤手当ってやつか」

「そう。明日町に出られないのは残念だけど、お手当はちゃんともらえるんだから頑張らないとね」


 手当が出るのが相当嬉しいらしく、ラナンは鼻歌まで歌いながら明日の支度をしている。


「えらく嬉しそうだな」

「初めて姉への贈り物を自分で稼いだお金で買えるんだ、当然……あっ」


 ラナンはしまった、というような表情を浮かべたあと申し訳無さそうにおずおずとこちらを窺うように見てきた。


 なるほど、あの人への贈り物か……。いいなぁ。


「ごめん、その」

「お姉さん、きっと喜んでくれるよ」


 できるだけなんでもないことのように言ったつもりだ。まあ、声だけはだけど。顔面は完全に無表情になっている自信があったのでラナンのほうを見れなかった。


「ごめん」

「いや、謝られると逆に辛いやつだからやめて」


 これは、ちょっと冗談っぽく言ったつもりだ。


 そもそも俺が僻む権利なんてないんだ。弟が初任給でお姉さんに贈り物をするなんて、普通に微笑ましい話だ。それを素直に祝えない俺が狭量なんだ。


「そういえば普通はどんなときに贈り物をするんだ? 俺、贈り物とかしたことなくてさ」

「えーっと、一般的なのはやっぱり誕生日だね。あとは聖花祭も贈り物の交換をするかな。そっちは食べ物やカードがほとんどだけど」


 誕生日か。その辺の風習は向こうの世界とそんなに変わらないんだな。聖花祭っていうのは知らないけど、きっとそういう名前のお祭りがあるんだろう。


「ラナンの誕生日はいつなんだ?」

「僕は、年明けの卯の月。……姉と一日違いなんだ」


 卯の月は日本の暦でいう二月に当たる。


 そんなに高いものは買えないだろうけど、俺もラナンに菓子なりなんなり用意しておこうか。


 いや、あくまでラナンにだ。あの人の誕生日がラナンと一日違いだからとか、俺の贈った菓子をあの人も一緒に食べてくれたらいいなとか、そんな下心は決してない。ないったらない。




 朝一つ半の鐘の頃とは、つまり五時半のことである。今時分は夜明けが遅いのでほとんど夜といって差し支えのない暗さだ。


 一度詰所前で集合しユキムラに連れられて王宮内の神護の森を目指す。人気のない回廊内は最低限の明かりしか入っておらず薄暗い。当然すれ違う者もなく目的の場所についた。


 神護の森。ここに来るのは二度目のことだった。初めてこの世界に来たとき目が覚めたのがここだった。


 門のところに時折明滅する光が二つ浮いている。


 神祇省の役人が持つランタンだ。二人組は神祇伯が着ていたのと同じ魔法使いのようなローブ姿で、フードを目深に被っている。おまけにランタンで照らされる顔には真っ白な仮面をつけており、かろうじて口元が見えるくらいだ。相手が男なのか女なのか、若者なのか老人なのか、それすらよくわからない。


 その背後にはどことも知れぬ景色が映し出される例の水晶、神奈備(かんなび)がそびえ立っており、それが視界に入るとにわかに背筋が粟立った。暗がりにぼんやり浮かぶ様子がどうしたって不気味なのだ。


「定刻どおりのご到着、なによりでございます」

「正騎士ユキムラ、他従騎士二名。神祇省令一五一一号の召喚に従い参上した」


 仮面二人は無言で頷くと神奈備のほうへ歩いていく。


 いよいよだった。


 俺たちも無言のままそのあとに続き、仮面二人が神奈備を前に跪くのを後ろから眺めた。


 表面に浮かび上がる様々な景色が消え、やがて目的の場所だけが映し出される。


 夜の丘陵地帯だ。周囲に人里らしいものはなく、積もった雪と岩が時折転がっているだけの物寂しそうな場所だった。


「神奈備の準備が整いました。つつがなく済みますように」

「つつがなく済みますように」


 仮面二人は声を揃えてそう言うと、俺たちへ向けて大げさなほど頭を下げた。


 たぶんそれが定形の挨拶なんだろう。


 ユキムラはなんの躊躇もなく注連縄のほうへずんずんと歩いて行った。俺とラナンも慌ててそのあとを追う。


「慣れぬうちは酔うかもしれん。不安ならば目を瞑っておけ」

「わかりました」


 ユキムラの忠告に従い、目を瞑ったまま注連縄の囲む内側に足を踏み入れる。


 今まさに自分が彼我の境を越えようとしている、そんな漠然とした感覚があり、次いで頭から細い管のようなものに吸い込まれ収束していくような──暗く細い通路をむりやり通っているようなそんな感覚に襲われる。


 そして次の瞬間、神奈備の景色の場所ではなく、神様との修行で使う界に佇んでいた。


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