35.従騎士になるということ -3-
俺は自分でもびっくりするほど冷たい声音でユキムラの話を遮っていた。
「そんなわけでは……ある、な」
「お断りします」
他に解釈のしようがないようきっぱりと答える。
北の宮で安全に保護するとかそんな話はすべて今更だった。
俺はもう知ってしまったからだ。この世界で俺が俺らしく生きていくためには、誰にも負けないくらい強くならなければいけないのだと知ってしまった。
寄る辺もない。金もない。知識もない。ないない尽くしでこの世界に来た俺は、間違いなく持たざる者だった。なにもない者はないがゆえに虐げられる。そしてなにも持たないがゆえに抗うこともできない。声を上げれば余計に虐げられる。
そういうことを知ってしまった。
「それは、俺のためではないでしょう。ご自分たちのためだ。俺が宮で大人しくしていたほうが安心だから。手間なく異世界の知識を聞き出せるから」
結局、同じことだ。相手と場所が変わるだけ。
持たざるは持つ者に利用され、搾取されるのみ。自分の大切なものすら守れない。……この世界に来て俺はそのことを強く学んだ。
「俺は、もう従騎士です」
そしていずれ騎士になる。それが俺にできる強くなるということだった。
手の中の日本刀をぎゅっと握りしめる。
せっかく掴んだ機会をむざむざと逃すわけがない。
「別に、異世界の話なんていくらでもしますよ。従騎士の仕事に支障がない範囲で、ですけど」
あなたたちが俺を利用するのならこちらも同じように利用してやる。別に悪いことじゃないだろう。ウィン・ウィンの関係だ。
「君は……」
ユキムラは息を詰めるようにして俺の話を聞いていたが、やがてため息をついた。
「……いや、君はそう言うと思っていた。レオ・ルンハルトと戦っているのを見たときからな。陛下にはそのようにお伝えしておこう」
「お願いします」
俺がぺこりと頭を下げるとユキムラは苦笑いを浮かべた。
「明日から忙しくなるぞ。従騎士として使い物になるよう、しっかり叩き込むから覚悟しておけよ」
ぽん、と肩を叩かれ思わずつんのめった。やっぱり騎士って馬鹿力だ。
「ラナンをずいぶん待たせてしまったな。行こう」
「はい」
すっかりウィンドウショッピングに飽きたらしいラナンが、遠くから心配そうにこちらを見ていた。俺たちの話が終わるまで邪魔をしないように気を遣ってくれていたのだと思う。手を振ると、ぱっと顔を明るくして小走りでやってきた。
「それと、これは個人的な話だが。……私は、君が自分の従騎士になってくれてよかったと思う」
駆け寄ってくるラナンを眺めながら、ユキムラが小声で言う。
「え?」
「己の技を伝えられる者を探していた。君の戦いを見て、君になら私の技のすべてを伝えられると思った。これは、王国の騎士としてではなく、一人の武芸者としての思いさ」
そうしてにやりと笑う姿は、初めて会った頃の彫像のようだと思った男とはまるで別人のようだった。
従騎士になって待遇は格段によくなったが忙しさはいや増した。
訓練生だったときとは疲れ方が違う。あのときは言われるがままロボットのように動くだけでよかった。体はいつもバキバキだったし辛いことも多かったけど、従騎士のしんどさはまた別のものだ。
考えないといけないことが急に増えた。ユキムラの予定は確実に把握して常に先回りして準備しておかなくちゃいけない。
従騎士の一日は騎士を起こして朝食を運ぶところから始まる。それから着替えを手伝い、ユキムラが王宮に出仕するときには一人がついて行って荷物持ちと側近業務のサポート。
俺たちは正騎士一人に対して従騎士二人なので、残った一人はユキムラの乗馬の世話と武装の手入れをしたり、出された課題の消化をする。
課題には、俺が以前恐れていたこの国の歴史や一般教養、それから王宮で必要とされる行儀作法の勉強も含まれる。
一般教養の座学は始めてみればけっこう楽しかった。これは現国王の政策が意外と現代的で、関心させられることが多いからだと思う。
国王は貴族階級の免税特権を廃止しようとしているらしい。
現国王のそうした政策をもとの世界の歴史と照らし合わせてみるのも面白く、俺はいつの間にかこの一般教養の授業のたびにちょっとした感想文を書いて、ユキムラに渡すようになっていた。
それから王家の現在の家系図も叩き込まれた。王子には腹違いの妹がいるらしい。そんな様子もなかったのでけっこう驚いた。
ユキムラに剣の稽古をつけてもらうことも当然ある。同じ刀を扱う同士、ユキムラは特に俺に手厳しい。いや、ありがたいことなんだけどな。
これに訓練所でやっていた基礎訓練が加わる。こっちはわざわざユキムラに見てもらう必要のないものなので、朝一番か夜にラナンとやっている。
そうして一日が終わる頃にはもうくたくたになっていて毎日泥のように眠る。
同時に神様との修行もずっと続いている。時間はだいぶ減らしてもらっているけどな。
「あのユキムラという者、なかなかよい太刀筋をしているな」
神様は俺を通じてユキムラのことも見ているらしい。
俺はちょっと気になって、
「神様とどっちが強いですか?」
ついそう聞いてしまった。
「我に決まっておろうが。たかが人間と竜を一緒にするでない。まして我は竜神ぞ」
今日は竜の姿をしている神様が、ふんっと胸を反らせて偉そうに言う。いや、偉そうというか実際偉いんだろうけどさ……。
「あんまり威厳がないんだよなぁ」
この世界に来たきっかけがこの神様のミスだったせいかな。どうもあんまり敬おうって気になれない。
「なにか言ったか?」
いえ、なんでもないです。フレンドリーでいい神様ですよね。




