34.従騎士になるということ -2-
鞘からすらりと抜けたものは思ったとおり日本刀だった。灯りを受けて刃紋がぬめるように光る。確か、金属の違いが現れるんだったか。
日本刀にはそう詳しくないが、ユキムラの刀が業物なのは間違いないと思う。その辺の樽に突っ込まれている剣とは迫力が違う。
「やはり東の国の品に興味があるか?」
「そう、ですね」
全然馴染みのない剣よりは、やっぱり刀がいい。ここが別の世界である以上、刀もまた別の歴史を持つ品なのだとは思うがどうも親近感が沸く。
ユキムラの部屋に置いてあったコタツだって本当は羨ましかった。手に入るなら俺も部屋にコタツがほしい。掛け軸は別にいらないけど。
「アヤトはそう言うのではないかと思っていた。よし、店を変えるぞ」
ユキムラにはお見通しだったらしい。ちょっと嬉しそうに笑うとすぐに店を出た。
俺への助言が一言だけだったのはこの展開を予想していたからかもしれない。俺の気に入るものがこの店にはないって、なんとなくわかっていたのかもな。
次に向かったのはユキムラがよく利用するという店だった。
外装からしてオリエンタルな──なんというか京都の土産物屋のような外観の店だった。これでもかといわんばかりに外国人受けしそうなものが置かれている。掛け軸はもちろん、行燈や提灯、クナイのようなものまである。ユキムラの部屋のコタツはこの店で買ったんだろうか。
「東の国の品を蒐集している人間は少ないわりに皆熱心でな。刀だけを専門に集める者もいるくらいだ。支度金で手が届くのはこの辺りか」
中古の品が並ぶ一帯に刀がずらりと並んでいるところがあった。
見るからに日本刀らしいもの、反りが日本刀とは逆のもの──確か逆のやつは太刀だったかな。ユキムラが持っているような拵えだけサーベルっぽいものもかなりの本数が並べられている。
「その辺りは軍刀だな。祖国では装備を大陸風に改めるにあたって、刀の外観も改められた。最近は昔ながらの拵えのものを時代遅れと言う者もいる」
つまり俺がイメージするような、いかにも日本刀な見た目の刀はお値打ち品が多いということだ。自由に使える金が限られている俺にはそういう刀のほうがよさそうだ。
「ん」
一つ、目についたものがあった。
鞘も柄も黒い。一見すると地味な拵えだが鍔の部分に掘られた月の柄が気に入った。手に取って見てみると、柄に埋め込まれている……目貫というんだっけか、とにかくそこの意匠は雪と花。鍔とあわせるとちょうど雪月花になるよう揃えられているらしい。
「二尺五寸、抜けるか?」
言われて抜いてみたものの、時代劇のようにはいかなかった。まともに抜けるようになるにはかなりの練習が必要そうだ。
ぐちゃぐちゃなやり方だったと思うが、ユキムラはなぜか満足そうに頷いた。
「そのくらいなら、まあいいだろう。アヤトも身長はまだ伸びるだろうしな」
単純に身長と刀身の釣り合いを見ていたらしい。
「では、気に入ったようだしそれにするかと言いたいところだが……君に一つ確認したいことがある」
ユキムラは顔つきを改めると、ラナンのほうをちらっと見た。ラナンは少し離れたところで異国の品を眺めている。声が聞こえない位置にいることを確認したようだった。
「訓練所から連れ出すため、私は君を従騎士とした。あの場はそうでもしないと収まらなかったからな。だが、本来の君は……超越者である君は、もう一人の彼女と同じく王宮で保護されるべき立場の者だ。従騎士になるだなんてとんでもない、逆に騎士に守られるべきでさえある」
ユキムラはかなり慎重に言葉を選んでいるように見えた。
「そんな君があのような目に遭っていたこと、これは完全に我々の落ち度だ。陛下も大変気に病んでおられる。いずれ直接謝りたいと仰っていた」
「別に……。そのことはもういいです。国王陛下に謝ってほしいだなんてそんなことも思ってないですから」
カルカーン王子やレオが土下座して謝ってくれるなら喜んでそうしてもらうけどな。でもあいつらは絶対そんなことをしないだろう。
「君のその気持ちは、報告しておく。だがそれ抜きにしても陛下は定期的に君に会いたいと仰せだ。異世界調査が思いのほか難航しているのもあり、余人を交えず直接話したいと。もちろん今度は第一王子が一切関与せぬよう、確実に北の宮で迎え入れると仰っていた」
これがどういう話なのか、そこまで聞くとなんとなくだが読めてきた。
「従騎士には、命の危険が伴う。騎士とともに異形の討滅に赴くからだ。君は異形を知らないだろう。あれが一体どうしたものなのか……。特に従騎士の間はいつ死んでもおかしくない。だから……」
「だから、従騎士なんてやめて王宮で大人しく守られていろって言いたいんでしょう」
俺が貴重な情報提供者だから。数少ない超越者だから。




