33.従騎士になるということ -1-
従騎士になる手続き自体は一瞬で終わった。騎士団長の秘書らしい事務官が持ってきた書類に俺たちとユキムラがサインをするだけだ。レオがごちゃごちゃ言っていた時間のほうが長かったくらいだ。
それが終わると医務室で怪我の手当てを受け、従騎士の新しい制服をもらって、それで詰所での用事はぜんぶ終わった。
ちなみに従騎士の制服は、ただの作業服みたいだった訓練生のものとは違い、騎士の制服の簡易版のようなデザインだった。ずいぶん格が上がったものだ。
待遇の差は詰所の後に連れて行かれた寮でも感じられた。
なんと、従騎士はタコ部屋ではなく二人部屋になるらしい。しかもちゃんと鍵のかかる部屋だ。素晴らしい。
ちょうど一部屋がまるまる空いており、俺とラナンはここでも同室になった。
「おおー、広い」
大きな窓と小さいながらバルコニーまでついた立派な部屋だ。ベッドが一人一つ。大きな衣装箪笥と机も共用ではなく一つずつきちんと用意されている。
食事は食堂へ行けば何時でも用意してくれるらしい。風呂の時間も自由だそうだ。
訓練所での生活とは本当に天と地の差がある。従騎士というだけでまっとうな人間のように扱われている。犯罪者扱いじゃないってすごい。
「明日は昼二つの鐘が鳴る頃に私の部屋へ。ここの二つ上のフロアだ。集合後は城下町へ出るぞ」
「町へ……」
改めて言われると、感慨深いことだった。
訓練所からの移動で少し外を走ったとはいえ、所詮体は馬車の中だ。そうしっかりと見れたとはいえない。
異世界にきておよそ二ヶ月。ここに至ってようやく俺は王宮と訓練所以外の景色をきちんと見られるようだ。
次の日、約束の時間に訪ねたユキムラの部屋は従騎士のものとは違って個室だった。正騎士になると二人部屋でなく専用の個室が与えられるそうだ。
暖簾やらコタツやら掛け軸やら、いかにも日本風の家具が並んでいて驚かされた。ユキムラは東の国とやらの出身で、これらの家具は故郷の品物を専門に取り扱う店で手に入れたらしい。
東の国はどうも日本に似た文化のある国のようだ。別の世界なのでまさかそっくりそのまま同じではないだろうが、これはけっこう気になる。
……とにかく初めての外出である。
「まずは武装を整えねばならん」
馬車に乗り込むとユキムラは開口一番にそう言った。
従騎士になったことで武器の携行が許されるようになったのだ。規定の範囲内であれば好きな武装を選んでいいそうだ。ただしあくまで私物の扱いなので、紛失や故障の場合は自弁する必要がある。従騎士の間はあまり高価なものは選べず、たいてい中古品で済ますものらしい。
「でも、俺はお金なんて……」
もちろん無一文である。
着の身着のままでこの世界にやってきた人間だ。日本の小銭なら財布に入れていたが、それもすべて取り上げられている。
「従騎士になったことで支度金が用意されているので心配しなくていい。武装とあわせて当面必要なものはそこから工面すればいいだろう。それにそのうち給料も出るようになる。そう多くはないがな」
「給料がもらえるんですか」
なんとお給料までもらえるらしい。従騎士ってすごい。昨日から何度目かの感動だった。
まずは正騎士や従騎士がよく利用する武具店とやらへ向かう。
件の店は問屋が立ち並ぶ細い通りの一角にあった。
店内には所狭しと鎧や兜が並べ立てられ、樽には大小様々な剣が雑多に突っ込まれている。陳列にはさほどこだわりがなさそうな店だ。全体的にちょっと埃っぽく、窓から差す光が反射して塵がきらきら光るのが見えた。
「すご……」
いかにもファンタジーな光景で、思わず感嘆の声が漏れる。
「ラナンは小振りのものを選んだほうがいいだろう。いずれ背が伸びれば新調する必要があるが、今はまだ軽くて短いもののほうがいい。あまりに重いものは成長を阻害する」
「なるほど」
ラナンはふむふむと頷くと、一人でその辺の物色を始めた。
「アヤトは自由に選んでいいぞ」
逆に俺への助言はそれだけだった。自由にと言われると選びにくい。
刀身がまっすぐの両刃のものや、フェンシングに使いそうなレイピアっぽいもの、エペっぽいもの、変わり種では馬鹿でかい包丁のようなものや巨大な羽子板のようなものまで、こうして見ると一口に剣と言っても本当に多種多様だ。
訓練所で貸し出されていたのは、オーソドックスな両刃の直剣だった。それと似たようなものでいいかな、とは思うが……。
「いまいちしっくりこないな」
ラナンのほうを見やる。あっちは決まっただろうか。
ラナンはユキムラと二人で一本の剣についてなにか話しているようだった。雰囲気からするとどうもあれで決まりみたいだ。
まずい。こっちは全然決まりそうにないんだけど、どうしよう。
やや焦っていると、ユキムラが腰から提げている剣が目に入った。
やっぱり刀のように見える。拵えは西洋風なのだが、鞘の細さや反りが日本刀っぽいのだ。
「あの。その剣って」
寄っていって尋ねると、ユキムラは自前の剣を快く見せてくれた。




