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32.異国の騎士 -後-

 騎士団の詰所は王宮の敷地内にあった。西の宮と南の宮のちょうど間辺りに位置し、外から直接馬車で乗りつけられるようになっていた。


 ここでもう一つ驚いたことがある。


 詰所のアプローチにはなんと車が止まっていたのだ。いや、車と言っても現代日本で見慣れた形の乗用車ではもちろんない。そのプロトタイプと言ったほうが正しいだろう。屋根も馬車の幌みたいなものだし、ドアらしいドアもない。構造からして、そうスピードの出る乗り物ではなさそうだ。


 動力がなんなのか非常に気になる。


 ガソリンエンジンなんだろうか。いや、まさかガソリンではなかろう。となると電池か……あるいは蒸気だろうか?


 いずれにせよ、馬車が大多数なので車はまだまだ出てきたばかりといったところか。


 意外なくらい進んでるんだよなあ、文明……。単純に比較はできないが、幕末から明治初期くらいだと思っていいのかもしれない。


 ひそかに認識を改めている俺をよそにユキムラはずんずんと詰所の中を進んでいく。俺とラナンもそれに続いて……なぜか当然のようにレオまでついてきている。


 こいつ、なんでいるんだ?


 ユキムラも同じように思ったらしい。


「さて、君はここまでだ」


 ある部屋の前まで来ると、さも同行者のような顔をしているレオを振り返って言った。


「……は? しかし騎士団長には俺も──」

「君も報告したいことがあると? 火急の要件ならば君が先に入るか? そうでなければ機会を改めてくれ。私もこの二人の手続きを済ませたい」


 レオの言葉をさえぎるようにしてユキムラが言う。


「二人の従騎士承認手続きには俺も立ち会うと言っているんです」

「なぜ?」

「なぜ、って……当然、俺にはその権利があるでしょう」

「ないな。彼らは私の従騎士であって、君のではない。つまり、君は彼らに干渉する一切の権利を持たない。私だけだ。私だけが彼らに命令し干渉する権利を持つ。その代わり、私は彼らのすべての行動に責任を持つ。この国の見習い制度とは、そうしたものだと認識しているが?」


 レオがぐっと息を呑んだ。


 俺たちの手続きに同席するつもりでいたらしい。


「しかし、騎士団長は俺の……」レオが言いかけたそのとき、


「騒々しいぞ」


 真ん前の部屋の扉が開いた。


 出てきたのは五〇がらみの大変な偉丈夫だった。


 少し白いものが混じり始めた金髪はすべて後ろへ撫でつけられている。そのオールバックの髪型と立派な口ひげ、それとユキムラたちと同じ騎士の服にどっさりとついた勲章が印象的な男だった。


 男は迷惑そうにユキムラと俺たちを順繰りに眺めたあと、レオのところでふっと表情を和らげた。


「おや、今日は非番ではなかったか」


 なるほど、レオは休みの日にも関わらずわざわざ訓練所くんだりまでやって来てくれていたらしい。余計なお世話すぎる。


「何用でここへ?」

「騎士ユキムラが従騎士を取るそうです」


 レオの説明を聞き、騎士団長が眉を上げた。


「君が? しかし忙しいだろう。従騎士を指導している暇などあるのかね。それも見たところ二人か?」

「その手続きのために来た。部屋へ入れてくれるだろうな、ルンハルト騎士団長」


 ルンハルト騎士団長──レオと同じ名だ。つまり目の前の偉丈夫は騎士団のトップであり、レオはその男と血縁関係があるということだ。言われてみれば、確かに目元や髪の色が似ている。


 どうりで教官連中がレオに強く逆らえないわけだ。騎士団長の血縁であれば現場での発言力もさぞ強いだろう。騎士団や訓練所に限定すれば、カルカーン王子並みの権力がありそうだ。


 入室を許可されるよりも先にユキムラが一歩を踏み出し、部屋に踏み入ろうとする。


 対する騎士団長は強引なユキムラにちょっと顔をしかめつつ、渋々といった様子で俺たちを部屋へ招き入れた。が、ユキムラに続いて入室した俺とラナンの惨状に気がつき、ちょっとどころでなく盛大に顔をしかめた。


「レオはここまででいい。手続きは私だけで十分だ。非番だったんだろう」


 ユキムラがレオを振り返って言った。


「……いえ、俺も同席させてください。騎士団長に状況を説明する必要があるかと」


 状況を説明するとは言っているが、レオは俺たちを従騎士にしないよう遠回しに進言するつもりに見える。


 ちらりと隣のラナンを見やると、向こうも同じことを考えていたらしい。ラナンがこちらに視線を寄越した。それからレオを指差すと、嫌そうな顔であっかんべーをしてみせた。わかりやすいジェスチャーで大変いい。


「状況の説明なら、()()()()すればよかろう。私は早く手続きを済ませ、従騎士を休ませたいのだ。泥だらけの二人を長居させるのも()()()()()()()しな」


 レオがむっと眉を寄せた。


 一方の騎士団長は俺たちの有様とレオ、ユキムラの顔を見比べ、大きなため息をついた。


「レオ、出て行きなさい」

「……はい」


 騎士団長本人に言われた以上従わざるを得ないのだろう。レオはこちらを睨みつけながらも素直に退室していった。


 いや、ユキムラがすごい。レオにほんのり嫌味を言いつつ、騎士団長に配慮しているていで追い出してしまった。俺は直截な物言いでトラブルを招いてしまいがちなので、きっとこういう手管を学ぶべきなんだと思う。


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