31.異国の騎士 -前-
あのとき、国王の執務室には俺や椎葉以外に五人の異世界人がいた。
カルカーン王子とレオ。国王だという男。神祇省の長らしき神祇伯の老人。そして国王の後ろに控えて一言も発さず彫像のようでさえあった騎士。
レオとの間に割って入ったのはその彫像のような男本人だった。同じ東洋系だったから微妙に記憶に残っていたのだ。これがこの国にありふれている西洋系の男だったら思い出しもしなかったと思う。
俺と同じ黒髪に黒目で無精ひげを生やしている。年齢は……三〇は越えているだろうか。ひげのせいで老けて見えるので、はっきりとはわからない。あのときは無口そうな男だという印象だったが、こうして普通に話しているところを見るとそうでもなさそうだ。
「迎えに来ただって……?」
首を傾げながらも手をついてなんとか立ち上がる。ラナンも俺が突き飛ばしたきり転がったままだったので、手を貸して立ち上がらせた。
「正確には『様子を見に来た』だが、この際同じことだ。彼は本来保護される立場。レオ・ルンハルト、どうしてこんなことになっているか、説明してもらおう」
シュウ・ユキムラと名乗った騎士はじろりとレオを睨みつけた。
「それは……殿下がすでにご説明したとおり、アヤトたっての希望があって訓練所へ」
へえ。俺の希望があって、ねえ。俺の記憶が正しければ俺は気絶している間にここに連れてこられたはずなんだけど。
「私が聞きたいのは、そこではない。何故、騎士たる君が彼相手に私刑のような真似をしたのか、だ。私の想像したとおりでないのなら、申し開きをしてみろ」
「……」
レオは口を噤んだ。申し開きとやらはないらしい。
「ないようだな。なれば、以降は私が引き取る。まずは治療を受けさせねば……」
ユキムラとかいう騎士が、痛ましいものを見るような目でこちらを見た。
傷のこともあるが、ぬかるんだ地面に転がっていたのだ。改めて自分の身なりを確認すると、泥やら血やらでひどい有様だった。
「待ってください! アヤトはいまだ訓練生の身の上。そして訓練生である以上、訓練所より外へ出すわけにはいきません。彼の身柄は今しばらくここへ」
レオががばっと顔を上げて食い下がった。だんまりを決め込んでいたかと思えば、これである。
相当俺のことが嫌いらしい。まあ俺も嫌いだけどな。
「迎えに来たと言ったぞ。つまり彼を私の従騎士とするということだ」
「なっ」
レオが驚愕の声を上げた。
「あ、あなたが……?」
「問題はないだろう? 今日中に手続きを行えと言うのであれば、騎士団長のもとへはこの足で寄ろう」
そこまで言われると、レオには反論の余地がなくなったらしい。ぎりっと拳を握りしめて今度こそ口を閉ざした。
「では、行こうか」
話は終わりだとばかりにレオに背を向け、ユキムラがこちらを振り返った。
「えっと、本当に俺が従騎士に……?」
二月の修了試験を待たずに、しかもレオ以外の正騎士に引き上げてもらえるなら願ったり叶ったりだ。
だが……。
俺はちらりとラナンを見やった。
俺の視線に目ざとく気がついたユキムラが「ふむ」と呟きつつ顎を擦る。
「……君、名は?」
「ラナンです」
ラナンは俺の隣でなにかを考え込むように押し黙っていたので、話題が急に自分へ向いて驚いたらしい。声をかけられるとぴゃっと肩を跳ね上げ、まじまじと目の前の正騎士を見上げた。
「歳はいくつだ?」
「もうすぐ十五になります」
ということは、今はまだ十四か。
歳を聞いてラナンの体が小さいのにも納得がいった。あまり豊かでなかった幼少時のこともあるだろうが、単純にまだまだ幼いのだ。体はこれからいくらでも大きくなる。今はまだ体格差で周囲に圧倒されることが多いが、背が伸びさえすれば自然と克服されることだ。
騎士ユキムラも同じように考えたらしい。
「根性はある。心根もよさそうだ。……いいだろう。君も来なさい」
「えっ、それは」
ラナンが目を見開く。
「ラナン、君も私の従騎士だ」
「……あ、ありがとうございます!」
ユキムラに改めてはっきりと言われ、ラナンは顔いっぱいを輝かせて頭を下げた。
俺とラナン、二人ともがレオに関係のないところで従騎士になれたということだ。そこら中痛いやらぼろぼろやらで散々な有様だったが、想像もしていなかったような最良の結果となった。
ちょっと都合がよすぎるんじゃないかって怖くなるくらいだ。
俺たちはすぐさま騎士団の詰所や騎士寮が立ち並ぶ区画へ移動することになった。
高い壁に囲まれた訓練所はこうして外から見ると本当に刑務所そのものの見た目だった。中にいる間は知らなかったが、塀の外側にはなんと堀まであったのだ。訓練所として使われる前は刑務所だったと説明されたら、秒で納得する自信がある。
ユキムラが乗ってきた馬車に乗り込む。
この世界に来て初めて動物を見たが、異世界であろうが馬は馬だった。某RPGに出てくる巨大な黄色い鳥はいなかった。安心したような、がっかりしたような……。
それよりも何食わぬ顔で同乗してきたレオのほうにびっくりして、黄色い巨鳥の想像はすぐに頭からすっ飛んだ。
騎士ユキムラもちょっと眉を寄せたがとくに言及はしない。だから俺たちもできるだけレオのほうは見ないようにして、いないものとして振る舞った。
チョ〇ボはいない