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3.異世界へ -後-

 木の陰から現れたのは、軍人じみた格好の男二人だった。

 スーツなんかじゃない。どこからどう見ても、軍服だった。黒か紺か、とにかく暗い色のフロックコート、胸には銀色の勲章、腰にはどう見ても本物の剣を佩いている。


 俺たちを見る二人の目つきは、どう頑張っても好意的には見えなかった。むしろ、好意的とは一八〇度真反対といっていい。


「胡乱な者ども。いかにして神護の森に入った? 見たところ、異形ではないが」

「油断するな。神祇省から揺らぎの報せがあったのは確かなのだ。異形には見えぬ異形、そういう線もある」


 不幸中の幸いとでも言うべきか、向こうの話す言葉は日本語のようだ。言葉が通じるのはありがたい。ありがたいのだが、二人の話していることがほとんど理解できなかった。


 神護の森というのは恐らく今いるこの場所のことだろう。十中八九、俺たちが入っていい場所ではないようだ。神聖な雰囲気が出まくってるし、馬鹿みたいにでかい結晶が鎮座しているし、当然といえば当然か。


 異形というのが、よくわからない。


 どうも俺たちのことをその異形と疑っているようだ。いや、正しくは半信半疑といったところか。俺たちの外見が異形らしくない、ということらしい。


「なんか、すごい格好。コスプレみたいじゃない?」


 ぴりぴりと緊張しているこの雰囲気を物ともせず、というかこの空気に気づいていないだけかもしれないが、椎葉が呑気に言った。


「なるほど、人語を放つ。ますます異形ではないようだが……奇抜な服装といい、何者だ? どのようにしてこの森に入った?」

「あはは、奇抜な服装だって。ただの制服なのにね」


 ……もう椎葉は黙っててくれないかな。向こうさんのこめかみに一瞬青筋が浮かんだのを俺は見たぞ。


 それに、相手は武器を持っているんだ。異形とやらがよくわからないが、その同類と判断された瞬間殺されたっておかしくない。


 とりあえず、椎葉を後ろに庇うようにしながら一歩前へ出る。


「わかりません。俺たち二人とも気がついたらここにいたんです。もしよければ教えてもらえませんか。ここがどこなのかを」


 男二人はお互いの顔を見合わせてから、慎重な口ぶりで教えてくれた。


「ここはクライシュヴァルツ王国。竜の末裔(すえ)主上(おかみ)に戴く、この天地(あめつち)で最も貴き国だ」


 クライシュヴァルツ王国……。駄目だ、聞いたこともない。そんな名前の国があっただろうか?


 国名だけを聞いたら、俺が知らないだけで本当にそういう国があるのかもしれないと思っただろう。だが、竜の末裔を主上に戴くとかいう口上を聞いてぞっとした。そんな国が現代に存在するだろうか。


「逆に問おう。お前たちは何者だ? どこから来た?」

「俺の名前は佐倉礼人。こっちは椎葉さくら。二人とも高校生で、日本という国から来ました」


 日本を知らない人はそういないと思う。逆に言えば、日本のことを知らなければほぼ確定とみていい。なにがって、ここが俺たちのいた世界ではなく異世界であるということがだ。


「ニホン? そのような国は聞いたこともない」


 ……ああ。やっぱり、そういうことらしかった。


「日本のことを知らないってどういうこと?」


 さすがに椎葉も事態が飲み込めてきたようだ。


「何やら話がわからんが、いつまでもここにいるわけにはいかん。ここは神聖な場所なのだ。定められた者以外の立ち入りは禁止されている。事情があるようだが、無断で立ち入ったことについてはそれなりの罰を受けてもらわねばならん」

「そ、そんな!」


 そういうことになってしまうらしかった。


「だって私たち、ここがどこなのかもわからないし、別に来ようと思って来たわけじゃないのに!」

「いいよ、椎葉。今言ったってしょうがない。とにかくここは彼らに……」


 従うべきだ、と言うつもりだったのだが、またこちらに近づいてきている人間がいることに気がついた。


 今度も二人組だ。


「礼人くん? どうしたの?」

「また誰かがこっちに来てる」

「何? どうしてそんなことがわか……いや、確かに誰か向かってきているな。神奈備(かんなび)を使う予定はなかったと思うが」


 程なくして現れたのは、やはり男の二人組だった。ただしは、目の前の軍人らしき二人よりかなり若い。ぱっと見、俺たちとほとんど同年代のように見えた。


 一人は二人と同じ服装、つまり軍服を着ている。


 もう一人は、テイルコートとでも言うのだろうか、背中側の裾が長いタイプの上着を着て、足元は細身のパンツにブーツという出で立ちだった。まるで世界史の資料集からそのまま出てきたかのようだが、その装いよりもまず目についたのは、そいつの金色の眼だった。


 あれは、なんだ?


 トカゲかなにかの目のように、瞳孔が細長い。そしてほとんど瞬かない。本当に爬虫類のようだ。


 その目を見ているだけで、背筋がぞっと凍った。


 俺が思わず目を逸らしたと同時に、こちら側にいた二人がさっと跪いた。右の拳を地面に触れさせ、左手は立てた右膝の上へ。やけに時代劇がかった仕草だった。


「すごーい、俺様王子とチャラ男っぽい!」


 椎葉が惚けたような口調で小さく呟いた。


 テイルコートの男は不遜な態度といい、確かに異国の王子のようではある。もう一人も言われてみればチャラチャラしてはいそうだ。


 だが、そんなことよりあの威圧感をなんとも思わないのだろうか。


 俺はあの金色の目をまっすぐに見ていられない。できれば、あの眼差しの届かないどこか遠くへ逃げてしまいたいくらいだった。


「罰を与える必要はない。神祇省の内々しか知らぬことだが、近々超越者が現れるという卦があったのだ」


 金目の男が言うと、男二人はますます頭を低く垂れた。


 その反応の仕方が、あまりに仰々しかった。本当に自国の王族に相対しているかのようだった。


「その方ら、これよりは神官でもある私が引き受けよう。戻ってよい」

「御意のままに」


 やはり妙に恭しい返事をして、男二人は先に引き上げていった。


 まさか、本当に王子様なのか?


 信じられない気持ちでそっと相手を見ると、向こうもまたこちらを観察するように眺めていた。危うく目が合いかけたので、慌てて視線を落とす。


 あの金色の目は、心臓に悪い。


「……ふむ。だが、二人同時に現れるという兆候はなかったな。片方は男か」


 独り言のようだった。顎をさすり、自分の考えを口に出しながら整理しているようだった。


 その男の耳元へ、もう一人が「であれば、どちらが本物かは明白ですね」と囁く。それを聞いて、男が鼻先でふんと笑った。


 つまり、俺たちのうちのどちらかは本物で、どちらかは偽物だと思われている。


 偽物と判断された方はどうなる? まさか殺されたりするのだろうか。だとしたら、下手なことは言えない。


 そもそも本物ってなんだ? なにが本物でなにが偽物なんだろう。


 俺はそうやっていろいろと考え込んでいたが、椎葉にはあのひそひそ声が聞こえなかったらしい。呑気に笑いながら、「ね、二人ともすっごいイケメンだと思わない?」などと尋ねてくる。


 ……イケメンには違いない。どっちも今までお目にかかったことのないような美男子だ。彫りの深い外国人じみた顔立ちで、俺たち平たい顔の日本人は逆立ちしたって敵いそうにない。


「いけめんとは、なんだ?」

「えっと、イケメンっていうのは……なんの略だっけ、礼人くん!」

「イケてるメンズだろ」


 略さなくとも和製英語じゃ通じなかったと思うけどな。


 案の定、相手は首を傾げていた。


「まあいい。とにかく場所を変えよう。お前たちを罰するつもりはないが、ここには長居するべきではない」


 そんなわけで、俺たちは二人に案内されるがまま場所を変えることになった。


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