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29.正騎士襲来 -3-

 息が切れる。心臓がばくばくと異様なくらい脈打っている。全力疾走をした直後のように口の中が血の味をしている。


 何人残ってる?


 汗で取り落しそうになった剣を握り直して、息を整えながら改めて周囲を見渡した。


「四人、か」


 俺とラナン、それから真剣に従騎士になるために今回残った二人。それぞれ他の訓練生と戦っていたのもあり、一様に肩を上下させて息をしている。


 今この場に立っている訓練生は俺たち四人だけだった。


 最初から俺狙いだったやつらはみんな退場している。例の六人組もとうにいなくなった。こちらに向かってくるやつから順番に倒したからだ。逆に言えば、俺を一度も狙ってこなかったやつだけが残っているということだ。


 残った四人の中で一番強いのは間違いなく俺だと思う。俺以外のやつもそのことはわかっているはずだった。一番間近で俺の大立ち回りを見ていたのはこの三人だからだ。


 しかし、だからこそ事態は膠着していた。誰も俺と一対一では戦いたくないのだ。自分じゃない誰か二人と俺がつぶし合って、最後に残って体力を消耗した一人と自分が戦いたいと思っている。


「お見合いになっちゃったな。これじゃつまらない」


 レオが呆れたような口調で言った。相変わらず訓練生をなんだと思っているのか、観劇でもしているかのような口ぶりだ。


「アヤト、一思いにやっちゃえば? それとも我に返ってもう駄目になっちゃったか? すごかったもんな、お前。そこまでぶっ飛べるやつもなかなかいないよ。正直、甘く見ていた」


 外野がうるさい。


「それだけやれるのは、従騎士でもなかなかいない。俺が使ってやるよ。だからそんなやつらさっさと倒してしまえ」

「うるさいっつうの」


 外からごちゃごちゃごちゃごちゃ好き放題に言いやがって。


 さっさと倒せ、だと。


 真正面に立つラナンを見て、もう一度剣を握る手に力を込めた。


 こちらから動けないのは、あの三人だけじゃない。俺だって同じだ。


「……仕方ない。そこの二人、ラナンを倒せ。できたら従騎士にしてやる」


 レオがめんどくさそうにちょいちょいと二人を呼びつけ、そう言い放った。


 二人の喉仏がごくりと上下する。二対一を覚悟したラナンが顔を青ざめつつ応戦の構えをとる。


「うおおお!」

「恨むなよ、ラナン!」


 ラナンは叫び声を上げながら突っ込んできた二人のうち、一人目の剣をなんとか捌いた。一合二合と打ち合い、その次の剣で相手の利き腕を斬りつけた。だが、それでかなりバランスを崩してしまった。ぬかるんだ地面に足をとられたのだ。それに、そもそもの身長と体重に差がありすぎる。


 膝をついたラナンに二人目が斬りかかる。


「ラナン!」


 見ていられなかった。


 横合いから訓練生を蹴り飛ばし、相手が倒れたところへ更につま先を蹴り入れる。顔面にもろに入って、鼻の骨と歯が折れるような鈍い音がした。


 教官が慌てて駆け寄ってきて、二人を回収していく。


 それで、立っている者は俺とラナンだけになってしまった。


 ……勝手に体が動いたとはいえ、想像しうる限り一番最悪の事態だった。


「ははは、最高じゃないか。結局仲良しの相手が残ってしまったってわけだ。アヤト、やれよ。従騎士になりたいんだろ。だったらやることは一つ。ラナンを斬るんだ」

「ラナンを……」


 窮地を脱したばかりで顔が引きつっているラナンと目が合う。


 無理だ。


「……僕は君が従騎士になるべきだと思う。訓練所にいる中で、君が誰より一番相応しいと思う。だから、こうなった以上はちゃんと僕と戦って」


 ラナンが諦観したような笑みを浮かべて言った。


 たぶん、本気でやれと言っている。その結果どうなるかわかった上で、そう言っているんだ。


 ……無理だ。


「やれよ、アヤト。なんで迷う? 俺も暇じゃないんで、早くしてほしいんだけど」


 そんなことを言いながらレオがつかつかと近づいてくる。


「あいつをやれば従騎士にしてやる。なりたいんだろ、騎士に。だったらやることは一つじゃないか」


 そうして馴れ馴れしく俺の肩をつかんで、耳元で囁いた。


 ……いや、やっぱり無理。


 我慢の限界だ。


「離せ! 誰がお前なんかの従騎士になるか」


 大きく声を上げて、レオの手を振り払う。


 よくよく考えたら、レオの従騎士になんてなったら王宮にいたときに逆戻りだ。誰があんなくそみたいな生活に戻るか。


 いや、正騎士と従騎士になるということは、あのときは曖昧だった上下の立場がはっきりするということだ。従騎士と書いて奴隷と読む、みたいなものだろう。そう思うと同じくそでも訓練所のほうがずいぶんましなくそだ。


 剣をしっかりと握り直して正眼に構える。


 もちろん相手はラナンじゃない。


 正騎士レオ・ルンハルトへ向かって、だ。


「……はあ? お前、なに言ってるかわかってる?」

「わかってるし、何度だって言う。俺はお前の従騎士になんてならない。別にいいよ、お前に引き上げてもらわなくたって。俺は修了試験で勝って従騎士になる。お前の助けなんていらない」


 俺がラナンと戦うのはそのときだ。誰かに……ましてやレオなんかに強制されて戦うんじゃない。正式な試験の場で従騎士の座をかけて戦うのだ。


「……お前、人をイラつかせる天才だな。殿下の気持ち、ちょっとわかったわ。しょーもな。あーあ、せっかく従騎士にしてやろうと思ったのに、ないわ」


 俺に手を振り払われた状態で固まっていたレオがゆらりと動く。自分の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜるその姿からレオの苛立ちがはっきりと伝わってくる。


「……お前、もういい。いらない」


 レオが自身の剣を抜いた。


 そのとき前髪の隙間から覗いたレオの目が、ぎらりと金色に光った。


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