28.正騎士襲来 -2-
「あれ、試練のほうには興味がない? こう言えば訓練生ならみんな目の色を変えると思ったんだけどなあ」
まあ、周りの様子からしてもそうなんだろうけどさ。
レオが従騎士に引き上げてやる、って言った瞬間から訓練生が殺気立っている。なんでお前だけ、ずるい、そんな言葉が聞こえてきそうな殺伐とした雰囲気だった。
「アヤトくんは興味ないかぁ、そっかー。俺の選んだ従騎士相手にいい勝負ができたら引き上げてやろうと思ったんだけどな。残念残念」
レオがそう言うと、途端に耳を塞がんばかりのブーイングが飛んできた。
「コネ野郎! せこいぞ!!」
「ちゃんと試験を受けろ!」
「新入りだけ優遇されて、許せねえ!!」
うるせえ。
それに心底楽しそうなレオの顔も見ているだけで腹が立つ。
「あー、そうだな。確かに不公平だよなァ。そしたら、こうするか。全員実剣を使用しての仕合い。最後まで立ってたやつを引き上げてやる。それなら文句ないだろ?」
食堂中がわっと沸いた。あまりにもうるさくて、今度こそ本当に耳を塞いでしまった。それくらいうるさかった。
「アヤト、やめておいたほうがいいよ。こんなの、絶対君が狙われる。洗礼よりなおひどい……」
「残念、そいつは強制参加だ。心配ならラナン、君も参加すればいいよ。君がアヤトを守ってあげたらいいじゃないか」
レオはそう言って悠々と笑った。できるものならやってみろ、そう言わんばかりの表情だった。
実剣というと、つまり刃をつぶしていない本物の剣を指す。鎧もなしにそんな武器を携えてやり合えばどうなるか。当然怪我人は大量に出るだろうし、下手をすれば死人だって出る。
教官連中は一応反対したが、誰も強く止めはしなかった。
どうもレオには正騎士というだけじゃない、なにかもっと強い権力があるようだ。いや、第一王子の側近だから間違いなく権力はあるんだろうけど、それだけじゃなく現場で即効力を持つ権力があるように見えた。
「ラナン、無理はするな。他のやつらも半分は辞退してるんだ」
剣を選ぶラナンの手がほんの少し震えている。見かねてそう声をかけたのだったが、ラナンは決して頷かなかった。
「あのとき、僕は君を見捨てて逃げた。だから、決めたんだ。今度は絶対に君を置いて逃げないって。僕だって少しくらいは君の助けになれると思う。それに君のためだけじゃないよ。可能な限り最後の一人を目指す。そして、従騎士になる」
「……そっか」
決意は固いようだ。俺に対して引け目があるせいかと思っていたが、どうもそれだけじゃないらしい。
そういうことなら、俺がこれ以上止めるのもラナンに失礼だろう。
俺も命を預ける剣を一つ選んで武器庫を出た。
昼を過ぎた頃からまた雪がちらつき始めていた。見上げる空は灰色の曇り空。そこから白い雪がどんどん降ってくる。
レオが試練の場に選んだのは屋外訓練場だった。雪かきはあらかた済んでいるが、隅のほうや日陰にはまだまだ雪が残っている。もちろん地面も濡れているので足元はそうよくない。
屋外訓練場に残った訓練生は三〇人ほど。実剣の戦いということもあって結局半分近くまで減った。残った連中はどうあっても騎士になりたいやつか、俺のことが心底気に入らないやつくらいだ。当然その中には例の六人組も含まれる。
不敵な笑みを浮かべたレオと目が合った。
それだけで胃の奥の方がぞわっと煮え立つ。あいつに対する俺の怒りは、ぜんぜん冷めていなかった。
「二人とも逃げずに出てきたか。よかったよ、そうじゃないと盛り上がらないからな」
盛り上がりってなんだよ。こいつ、訓練生のことをなんだと思ってるんだ……? 今集まっている中には命を賭して騎士になりたいってやつらもいるんだぞ。
じろりと睨みつけると、レオは大仰なしぐさで肩をすくめてみせた。
「じゃ、さっそく始めよう。ルールはさっき言ったとおり、なんでもありの総当たり戦。お前ら、修了試験で慣れてるだろ。違うのは最後の一人になるまで止めないってことだけ。開始の合図は……公平に、教官殿にしていただきましょうかね」
駆り出されてきている教官の中から、一番年配のおっさんが前へ進み出た。どことなく緊張したような面持ちだ。
「無駄に死なせるわけにもいきません。こちらが戦闘不能になったと判断した者から順次回収しますからな」
「どうぞ、ご自由に?」
そういうことらしかった。一応人命には配慮しているんだな。
「……では、始め!」
おっさんの野太い声を皮切りに訓練生はわっと雄叫びを上げて走り出した。
全員、俺目掛けて一直線に。
やっぱりそうなるよな。でも、こっちも死ぬわけにはいかない。どうあっても最後の一人に残るつもりだった。
真正面から突っ込んできた相手をかわし、二人目の剣を受ける。一人目の背中を蹴りつけ、別の方向から狙ってきた相手の前に転がす。二人目の剣を弾き飛ばす。三人目の右腕を斬りつけ、派手に血を見せて戦意を削ぐ。
これだけやっても、まだ二〇人以上残っているのだ。俺に群がっても無駄と連中が思い知るまでは、相手をするしかない。
やらなきゃやられる。考える暇なんて一切ない。
神様の言葉を思い出す。痛みと恐怖を飼い慣らし、怒りと破壊の衝動のみに身を任せよ──こうなった以上、俺にできるのはその教えに従うことだけだ。
「……へえ、やるじゃん」
視界の隅でレオがにやりと笑ったのが見えた。




