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24.恋とはどんなものかしら -2-

「あれ、このハンカチ……」


 件のハンカチを、ラナンは矯めつ眇めつ眺めながら首を傾げた。


「な、なんだ?」


 まさかハンカチだけで持ち主のことがわかるわけでもあるまい、と思う。その間はなんなんだ。


「……いや、ずいぶん高級そうだなと思って。これ、すごくいい生地だよ。刺しゅう糸も染めがいい。大きな商家の娘さんか、あるいは貴族か。なんにせよ、持ち主はかなりいいところのお嬢さんだと思う」


 ラナンが言った。まるで探偵のようだ。


「……でもここに来るお嬢さんはだいたいそういう身分だから、これだけじゃ決め手にはならないね」


 だが、さすがにハンカチ一つで彼女を特定するまではいかないらしい。


 はっきりしなくて残念なような、嬉しいような……。場合によっては即失恋確定なので複雑な気分だ。貴族なら婚約者がいる可能性もあるしな。


「髪や目の色は?」

「薄い栗色の髪に、青みがかった黒っぽい色の目だった、かな」


 こうして挙げてみると、この国では特に珍しい色合いでもない。出会った瞬間は奇跡の配色だと思ったし、これ以上ない特別な色に思えたんだけどな。


 周囲の人間を思い起こすと訓練生にもそうした色の髪や目の人間はちらほらいるし、ラナンだって色の系統だけなら同じようなものだ。


「うーん、ありがちだね」

「だよなぁ」


 これもやはり決め手にはならない。


 なかなか難しいものだなあ。


「もうさ、次の面会日にアヤトも来て、うちの姉に直接聞いてみたら? 姉なら経緯を見ている分すぐにわかるだろうし、それが一番手っ取り早いよ」


 うーん、手っ取り早いかもしれないけどそれはちょっとな。


「一週間に一度きりの面会日じゃないか。邪魔しちゃったらお姉さんにも悪いだろ」


 色ぼけした俺の完全なる個人的な都合に、会ったこともないラナンのお姉さんを巻き込むのは申し訳なさすぎる。


「それもそうか。じゃあアヤトが同席してもいいか、今度尋ねておくよ。姉がいいと言ったら、君はその次の面会日にでも来たらいい」


 そういうことになった。




 今までの俺は面会日に一番縁の薄い男だったと思う。だって訪ねてくる宛てが本当にないのだ。今更訪ねてこられたところで困るが、心当たりがあるとしたら椎葉とカルカーン王子、それにレオ、その三人くらいだ。俺以上に知り合いがいない人間なんてそうそういないだろう。


 一度面会日というものを意識して周囲を見てみると、来客の予定がある訓練生は二日も前から目に見えて浮かれており、非常にわかりやすい。


 彼女はそのうちの誰かの関係者なのだ。


 どいつだ。一体、どこのどいつが彼女の関係者なんだ。


 食堂で観察を続けているうちに、露骨にそわそわしている者の中で彼女と髪や目の色が似ている人間は、五人いることが判明した。


「ああ? なに見てるんだよ」


 そのうちの一人が、いつか俺に洗礼を施してくれた六人組を率いるこの男だった。


 目が合ったのを幸いと、正面からしげしげと観察してみる。


 髪の色は似ている。こいつは濃い栗毛。彼女のほうがかなり色合いが淡かったとはいえ、系統としては同じだ。目の色は青みがかった濃いグレー。これも色としてはやはり似ている。


「なに見てるんだって言ってんだろ」


 うーん、だけどこいつの顔面は彼女とは似ても似つかぬ厳つさだ。おまけに骨格がぜんぜん違う。彼女は妖精のように華奢だった。一方のこいつはゴリラもかくやと言わんばかりの骨太マッチョ。


 俺の希望が入り混じっているかもしれないが、ない。彼女とこいつの間に血縁関係は、ない。そのはずだ。そうに違いない。


 もしこいつが彼女の兄だったとしたら……。


「いや、ありえない。遺伝子を疑う」

「人の顔見てありえないって、なんだよ。失礼なやつだな!」


 男が吠えた。


 周りで食事をとっていた訓練生たちが一斉にこちらを見たが、俺と男の組み合わせを認識すると途端に興味を失い、それぞれ夕食を食べる作業に戻っていった。


 俺たち二人は反省房に一週間も放り込まれた前歴がある。関わったらいつ再び反省房行きの騒ぎに巻き込まれるかわからない。だから、少なくとも課外では関わらないでおこう──訓練生の間には、そうした暗黙の了解ができているらしい。


 そんなわけで、最近は本当に過ごしやすくなっている。実績があるというのはいいことだ。全然いい意味の実績ではないのが悲しいところだけど……。


「アヤト」

「ん」


 少し遅れて、食事のトレイを受け取ったラナンが追いついてきた。


 ちょっと振り向いてそっちに頷き、


「顔のことを言ったつもりじゃなかったんだ。悪かった」


 こちらからトラブルを起こすつもりはなかったので、男のほうへは素直に謝った。


「悪かった、か。ずいぶん偉そうな口をきくようになったじゃねえか」


 だけど、謝ったのがまた相手の気に障ったようだった。どうも虫の居所が悪いらしい。


「……すみませんでした」


 ちょっと強くなってきたからといって偉そうにしていたつもりもないが、そう取られても仕方ないといえば仕方ない。


 確かに年上に対するような言葉遣いではなかった。敬語を使えと言うなら従うべきだろう。向こうが何年も先輩なのは事実だし。ここで敬語を使ってるやつなんて見たこともないけどな。


「……あんま調子に乗ってんじゃねえぞ」


 男はそのように言い捨てると、肩を怒らせて食堂を出て行った。


「なにあの捨て台詞。ださくない?」


 そう大きくもないラナンの声が、静まり返った食堂にやけに響いた。


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