表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/131

21.ゆくりなくあいまみえ -前-

 訓練所内の様子は、それから少し変わった。


 まず、課外で表立ってどうのこうのとからかわれることがなくなった。ラナンは俺が房に入っている間一人で過ごしたが、初日からこうだったらしい。


 その代わりなのかどうか、通りすぎるたびにひそひそ噂されたり、感じの悪い目で見られることが増えた。狭い通路であえて肩をぶつけてきたりとかな。そのくらいなら実害がほとんどないので別にいいんだけど。


 課外で大人しい分、訓練中はあからさまに突っかかってくる。具体的には五人抜きの勝負を挑まれたり、勝ち抜きならまだいいほうで俺が優勢と見ると五人全員で囲んできたりする。


 まあ、それもいい練習だと思うようにしている。


 なにより自分の修行の成果を確認できるのがいい。神様とばっかりやってると、自分がどれだけ強くなっているのかわからない。俺が強くなると、それに合わせて向こうも強さの段階を引き上げてくるからだ。これはけっこう辛い。


 その点、生身の人間はそう変わらないのでいい目安になる。だから毎回ちゃんと相手をしてきたんだけど、今日はちょっと失敗した。


 不意打ちを狙うときに叫びながらでは意味がない、と向こうも学んだらしい。今回は息を潜めて突っ込んできた。


 寸前で気がついたものの避ける暇がなく、振り向きざまに思いっきりパンチをもらってしまったのだ。神様との修行はあれ以来毎晩続けているが、まだまだなのだった。


 口の端が切れて痛い。


「いてて……」


 ラナンに手当てをしてもらおうと思って寝室に戻ったが中はもぬけの殻だった。


「まだ戻ってないのか」


 ラナン以外の訓練生の姿もない。そういえば、寝室が並ぶこの辺一帯に人の気配がない。


 そういえば、今日は面会日なんだっけか。


 面会日。一週間のうち一日だけ、外部の人間が訓練生と面会できる時間が設けられているのだ。訓練生は卒業するか辞めて退所するまで外に出られないので、代わりに客が訪ねてきて多目的室で会えるようになっている。


 どこの刑務所だよって感じだけど、実際ここは刑務所とほとんど変わらない。従騎士になれずに長くいる人間ほど、ストレスが溜まっている。だからちょっと女の子じみた外見のラナンが性的なからかいを受けたりするのだ。


 面会日は訓練所内の雰囲気もいつもと違う。


 外からの客がある訓練生とない訓練生。その差が歴然となるからだ。客が来る予定のやつは朝から浮かれているし、予定のないやつは浮かれた雰囲気にイライラしている。


 そんな日があることすらすっかり忘れていた。面会日について俺ほど無頓着な訓練生はなかなかいないだろう。


 ラナンも面会のほうへ行っているのだと思う。


 そういうことなら、俺は医務室へ行くしかない。医務室のおっさん、今日はちゃんと部屋にいるだろうか。だいたい鍵をかけてどこかでサボってるからなあ……。


 危惧しながら医務室へ向かうと、案の定扉には鍵がかかっていて入れなかった。


「はあー……」


 思わず大きなため息が出た。


 なんとなくそんなような予感がしたんだ。振り向きざまに一発もらったときから、今日は運が悪いんじゃないかってさ。


 大した怪我ではないので放っておいてもそのうち治るとは思うが、今冷やしておかないとあとで引くくらい腫れそうだ。


 ……水場で冷やすか。


 そうしてやって来たものの、ちょっとした噴水のように噴き上げる水を眺めてもう一度ため息をつくはめになった。


 布もなにも持ってないのだった。襟ぐりを開いて、柄杓状のものですくった水を直接かけるくらいしかできない。


 そう考えるとなんだか急に面倒くさくなってきた。


 顔やら首やら上半身やらを濡らしてまで冷やすほどか、と思ってしまったのだ。顔がしばらく腫れるくらいたいしたことでもないような気がしてくる。


 もう諦めよう。


 ちょうどそう思いかけたとき、廊下をこちらに向けて近づいてくる華やかな気配があり、ちらりとそちらを振り返った。


 訓練所内では決して見かけることのない若い女性の集団だった。いや、女性ばかりではない。中には男性もいる。が、ごく少数だった。


 訓練所常駐の事務官に引率され、二十人ほどの集団が歩いて来ていた。


 向かう先は多目的室だとすぐに思い当たった。面会の客である。


 先頭を歩いていた事務官とちょうど目が合ったと思うと、向こうはすぐに俺の怪我に気がついて顔をしかめた。年頃のお嬢さんがたに汚物を見せるなんてとんでもない、とでも言いたそうな顔だった。


 ……すみませんね、汚物で。


 目を伏せ、怪我を隠すように顔を背けた。


 汚物とまではいかずとも、確かに女性には刺激の強い光景かもしれないと思ったからだ。


 だから引率される来客のうちの一人が、よもや声をかけてくるとは想像だにしなかった。


「……もし、そこの方」


 すぐ後ろで、鈴を転がしたようなひどく澄んだ声がした。


 近い。


 俺に声をかけている?


 驚いて振り返ると、淡い亜麻色の髪をした若い女性が、やわらかい微笑みを浮かべて佇んでいた。


……やっとでた!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ