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20.今はまだ小さな牙 -4-

 リーダー格の男の拳をかわす。伸びてくる右手に横から手をあてて、軌道を逸らす。それだけのことだけど、神様に修行をつけてもらうまでの俺にはできなかったことだ。無様に顔に受けていたか、避けれてもその後で体勢を崩していたと思う。


 王子に化けた神様は、もっともっと速かった。あれに比べればかわいいもんだと思う。


 かわすと同時にくるりと体を反転させて男の無防備な背中を思いっきり蹴飛ばす。


「な、にぃ!」


 驚愕の声を上げる男は、盛大に顔面からこけたので、たぶん数分は立ち上がれないだろう。


「うおおおおおお!」


 雄叫びを上げ、死角から別の男が突っ込んでくる。


 わかりやすすぎて思わず笑った。


 王子に化けた上に分身までした神様は、いつだって無言で不意打ちを狙ってきていた。こんなの今から攻撃しますって宣言しているようなものだ。親切が過ぎる。


 振り返らずに肘打ちで応戦する。


 肘も膝も使えるものはなんでも使えと神様は言っていた。狙えるときは男の急所だってがんがん狙えと。これはスポーツ競技じゃない。実戦に反則なんて存在しない。汚い手、全部使ってなんぼということだ。


 俺の肘を見事なまでに鳩尾で受け止めてくれた男は、嘔吐する直前のようなうめき声をあげて、床に転がった。


 その後は、ぐちゃぐちゃの乱戦になった。殴ったり蹴ったり、殴られたり蹴られたり。でも俺がやられる回数よりやってる回数のほうが絶対多い。


 うん。まだまだではあるけど、ちょっとは強くなったと思っていいかもしれない。


 ……それから何分くらい経ったころだろうか。


「おい、やめろ! なんの騒ぎだ。やめろ、やめんか」


 今更ながら騒ぎを察知したらしい教官たちがばらばらとやってきた。


 だけど、全員頭に血が上って獣並みに獰猛になっているので、言葉で制止されても誰一人として止まらない。


 結局バケツで水をかけられて、それでようやく騒ぎが収まった。


「なんて騒ぎだ。主犯は誰だ!? 最初に始めたのは?」


 鼻血を出してない人間が誰一人としていない惨状を見て、教官がうんざり顔で言う。


 怪我だらけの顔を訓練生全員で互いに見合わせる。その後に指を差されたのは、当然のように俺とリーダー格の男の二人だった。


 教官の米神に青筋が浮かんだ。


「二人とも、反省房! 一週間!!」


 ……そういうことになった。喧嘩両成敗というやつらしい。


 理不尽に思うが、俺もかなりやり返したからな。いらぬ怪我人を増やしたのは間違いなく俺だろう。




 適当な治療を受けたあと、小さい窓が一つと板みたいに固いベッド、トイレもぼっとん便所しかない牢屋のような部屋に放り込まれた。もちろん風呂も入れない。食事も普段に輪をかけて粗食。


 正直、これはけっこうきつかった。風呂に入れないのはちょっとな。だけど時間だけはたっぷりあったので、神様との修行がめちゃくちゃはかどった。


 一週間後、ようやく反省房から出されると、寝室では泣きそうな顔をしたラナンが待ち構えていた。そして、もげるんじゃないか心配になるほどの勢いでがばりと頭を下げた。


「アヤト、ごめん! あの後すぐに教官を呼びに行ったんだけど、なかなか動いてくれなくて……。僕のせいでいっぱい怪我させた。僕があのとき言い返さなければ、こんなことにはなってなかったのに。本当に、ごめん」


 謝るラナンのつむじを眺めながら、彼の言い分を反芻する。


 まあ、確かにラナンの言うとおりではある。反応を見せずに無視していれば、あそこまで酷いことにはなっていなかったかもしれない。


 だけど、あのときは俺も限界で言い返そうとしていたしな。というか、実際口にしかけたのにラナンの勢いにかき消されたのだ。お互い我慢できていなかった。


 あのときは耐えたとしても、遅かれ早かれ同じような事態に陥っていただろうとも思う。


「生きてるし、もう怪我もほとんど治ってるし、気にしなくていいよ。それにこんなときは謝られるより礼を言われたほうが嬉しい」


 おお。なんかこのセリフ、少年マンガの主人公っぽいぞ。実際に言うとこっぱずかしいものなんだな。


「アヤト……でも」


 ラナンは、それでもなお納得がいかないらしい。難しい表情をしている。


「じゃあ、代わりに一つだけ教えてくれないか。ラナン、絶対に騎士になるんだってあのとき言ってたよな。あれって、なんで?」


 あのときのラナンの剣幕はまるで別人のようだった。ラナンからはなにがなんでも騎士になるという強い意志を感じられた。


 気になっていたのだ。線の細い体格といい、彼はどう見ても戦いとかそうした荒事に向いていなさそうだから。


「笑わないでね。……姉のためなんだよ。王宮勤務の騎士になれば、微力だけど姉の力になれる。姉に恩返しがしたいんだ」

「お姉さんか」


 ラナンの表情が柔らかい。彼の姉を思う気持ちが表れているようだった。


 大事なんだな、そのお姉さんのことが。


 そういうのって、なんかいいな。


「教えてくれてありがとう。じゃあ、この件はこれで終わり。これ以上謝るのは無し!」

「ええっ? こんなんじゃ全然足りてないと思うけど……。アヤト、なんだかちょっと雰囲気が変わったね。一週間ぶりだからかなあ。すごく男らしくなった気がする」


 ラナンにしげしげと言われて、首を傾げる。


 さっき髭を剃るときに風呂場の鏡を見たばかりだが、自分ではまったくそんなふうに思わなかったからだ。


 でも、そうだなあ。こっちの界では一週間だが、実際にはもう少し長い時間を過ごしているわけだから、そのせいかもしれない。


 ちなみに、俺としてはあっちの界へ行くたびに一年みっちり修行をしたかったんだけど、神様が渋ったのでそこまで長くはやっていない。設定としては可能だが、実際にすると悪影響があるとかなんとか言って断られたのだ。それはこういうギャップが生じるせいだったのかもしれない。


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