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2.異世界へ -前-

 暗い。


 真っ暗なところに立っている。


 上下も、右も左もよくわからない。


 だが、不思議なことに自分の手足だけははっきり見えていた。学校指定のシャツにネクタイ、それから制服のズボン。通学用のローファー。背中にはリュックの感覚もある。


 自分の姿は見えるものの、視界の先は真っ暗だ。暗いというより光も物質もなにもない空間にいるみたいだった。


「なんだ、これ……」


 あ、声も出る。


 ということは、耳も聞こえている。五感に問題はないらしい。


 そうだ、椎葉は? 椎葉はどこに行ったんだろう。


 見渡してみるものの、やはり自分の姿以外はなにも見えず、ただただ真っ暗だ。


 動いてみたほうがいいのだろうか。それとも、こういうときは動かないほうがいいのか。


 どうするべきか迷っていると、人が話しているような声がかすかに聞こえてきた。ちょっと離れたところで男女が二人、話をしているらしい。


 女性のほうは、さっき椎葉といるときに声をかけてきた人だろう。声が同じだ。


 とりあえず行ってみるか。様子がわかるかもしれない。


「──わかった、わかった! 要するにその者を我の世界へ招けばいいのだろう。お主の注文通り、適当な加護をつけてやった上で!」

「ですから、適当な加護ではなく! 強すぎず弱すぎず、その者が異世界で暮らすにあたって、苦労しない程度の加護をつけてやってくださいと言っているのです」


 どうも、二人は喧嘩をしているようだった。


「だから、わかっておる! ()()()とやらは駄目なのだろうが!」

「そうです。チートものは昨今の流行りではありますが、あの小さき者は派手なことを好まぬ性質のようですから」


 ……話題は俺のことか?


 自信はなかったが、さっき女の人に「小さき者」と呼ばれていたのは確かなので、たぶん俺のことだろう。派手なことを好まないというのは確かだ。あまり目立ちたい性分ではない。


 だけど、それよりまずチートとか異世界で暮らすとか、気になる単語が多すぎる。一体なんの話をしているんだ……?


「わかったと言っておろう! とにかくその者をこちらへ喚ぶ。竜神信仰の篤い国に落とす。そうすれば竜に招かれた者として歓迎される。それでいいだろう!」

「いいでしょう。では早速お願いします。疾く、速やかに……」


 男の声はとくにイライラしているようだ。どうも女性の話が長かったらしい。挙句に急かされたことで、イライラが限界点に達したようだった。


 姿は見えないものの、男が貧乏ゆすりをしている様子が目に浮かぶ。


 それでも、そこそこ威厳のある声で男は言った。


「その者、(かばね)は佐倉、名を礼人──超越者として我が世界へ招かん!」


 男に名を呼ばれた瞬間、頭の上から引っ張られるような妙な感覚に襲われた。試したことはないけれど、ストッキングを頭に被ってさらにその上から掃除機で吸われたら、きっとこんな感じだろう。


 あまりのことに悲鳴も出ない。そんな余裕すらなかった。


 意識が途切れそうだった。


「あっ、いけません! 余計な女が……!」


 途切れる間際、めちゃくちゃ不穏なセリフが聞こえた気がした……。




「……くん、起きて! 起きてってば!」


 ゆさゆさと肩を揺さぶられている。


「礼人くん! 寝てる場合じゃないんだってば!」


 耳元でうるさいなあ。


 だけど、声が言うには寝ている場合ではないらしいのでうっすらと目を開けてみた。


 目の前に椎葉さくらの顔面があった。


「あ、やっと起きてくれた! 大丈夫?」


 そう尋ねてくる顔には、安堵の笑顔が浮かんでいる。鬼女のごとく泣き叫んでいた姿とはまるで別人のようだ。というか、まるきりさっきのことがなかったみたいな調子だ。


 神社で告白されたこと、夢じゃないよな?


 気にはなったが、椎葉に確認する勇気もなかった。なんでって、聞いたことをきっかけにまたあの状態に戻ったら嫌だからだ。


 そんなことよりだ。


 よっこらしょ、と上半身を起こして辺りの様子を見渡す。


 どこからどう見ても、森の中だった。だけど自然のままの森ではないと思う。生えている木はぜんぶ同じ種類のようだったし、落ち葉がまったくない。地面は芝生のようなもので覆われているが、その長さも五センチ程度に揃えられている。


 明らかに手入れされているように見える。


「ここは……?」

「わからないの。気がついたら私もここにいて」


 ここにやって来た経緯はわからないのだという。


「学校の近くにこんな場所あったっけ」

「ううん、聞いたことない。あのね、私ちょっとこの辺りを歩いてみたんだけど、向こうに変なもの見つけたの。礼人くん、歩ける? 大丈夫なら、一緒に見に行ってくれない?」


 椎葉は、わからないなりに自分で動いてみていたらしい。そういう行動力はあるんだな。


 体は特になんともなかった。痛いところもおかしいところもない。


 他に案もないのでとりあえず椎葉の言うほうへ進んでみることにした。


 足元は神社にいたときと変わらない通学用のローファーだ。リュックもやはりそのままま背負っている。


 ただ俺たちのいる場所だけが様変わりしている。となると、気になるのはあの真っ暗な空間でのことだ。あの真っ暗な空間で体験したことは、夢か現実どちらのことだったのだろう。


 あれが、夢でなく現実のことだとしたら……。


「あれのこと。変じゃない?」


 考え込みながら歩いていたもので、椎葉が「それ」を指さすまで「それ」の存在にぜんぜん気づいていなかった。


「なんだ、あれ……」


 呆然と呟く。


 あれを、なんと表現すればいいのだろう。


 天然石を取り扱う店で見たことがある。水晶とかアメジスト、ああいう天然石が柱状にいくつも連なったもの──天然石のクラスターとでもいえばいいのだろうか。だが、大きさは桁違いだ。


 柱の一つ一つが、とにかくでかい。高さ三メートルくらいはある。太さも俺が腕を回して抱えきれるかどうか、それくらい大きいものがいくつも連なって密集している。結晶の色は紫やピンク、水色のグラデーション。そういう結晶の柱が、灰色の岩からにょきにょきと生えている。


 それだけなら、俺たちが知らないだけでそういう構造物があるのかもしれない、と思えた。


 だけど、「それ」を異様たらしめるのは、結晶部分に映っては消える映像だった。この森が映っているんじゃない。どこか別の場所だ。ゆらゆら浮かんで、消える。そのたびに違う場所が映される。


「……なんだ、あれ」


 大事なことだからではなくあまりに理解の及ばぬことだったので、思わず二回。


「あの石もだけど、周りの……なんか、注連縄っぽく見えない?」

「確かに」


 椎葉の言うとおり、周囲には白い縄が二重三重と張り巡らされていて、そこから小ぶりの結晶がいくつもぶら下がっている。


 注連縄は一種の結界だと聞いたことがある。もし周りの縄が注連縄と同じ役割をするなら、あれより中には入らないほうがいいような気がした。


 この森の整備された様子といい、あのでかい天然石といい、ここは神社とか寺とか、そういう特別で神聖な場所のように思われた。


 そういえば、携帯はどうなっているんだろう。


 ズボンの右ポケットに入れっぱなしだったスマホを見てみると、表示は無情にも圏外になっていた。駄目元で地図アプリを開いてみるが、そちらも駄目だ。GPSを掴んでいないらしく、自分のマーク以外は真っ白だった。


「やっぱり、圏外だよね」

「だな」


 あの真っ暗な空間で聞いた言葉が蘇る。確か、異世界がどうとかいっていた。もしかして、もしかするのだろうか。ここが、日本どころか地球のどこでもない、別の世界だとか、そういう……。


 あのとき俺が誰かどうにかしてくれと思っちゃったからではないよな?


 うーん、でもなあ。あの後に聞いた話からするとやっぱりそのせいっぽいか?


 そもそもあの声だけの男女は一体何者だったんだ? まさか、神様だったりしないよな?


「礼人くん、これからどうし……」

「しっ」


 話しかけてくる椎葉を咄嗟に遮り、黙らせる。


 向こうのほうから人がやってくる気配があったのだ。恐らく二人。芝生を踏みしめる音がわずかにだが聞こえる。歩幅が大きい。たぶん男だろう。


「あっちから誰か来る」

「えっ、なんでそんなことわかるの?」


 そりゃ、聞こえたからだ。


 それより隠れて様子を見たほうがいいだろうか? ちょっと判断に迷うところだった。


 足音はまっすぐにこちらへ向かってきている。恐らくこちらの場所がバレているのだ。それなら下手に隠れたりするほうが怪しまれるかもしれない。


「人が来てるなら、助けてもらえばよくない?」


 俺の迷っている様子に気がついたのか、椎葉が呑気にそんなことを言う。


「こっちに好意的な人間かどうか、わからないんだぞ。そもそも言葉が通じるかどうか……」

「あはは、そんなわけないじゃん。ねえ、そこの人たちー! こっちです。私たち、ここにいまーす!」


 椎葉はぶんぶん手を振りながら声を張り上げた。


 ちょっと待てと言いたかったが、時すでに遅し。


 二つの足音が一瞬止まった。それから、すぐに早足になって近づいてきた。

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