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18.今はまだ小さな牙 -2-

 ラナンが逃げた後は、思っていたとおりの乱闘になった。


 食堂で好き勝手に歓声を上げていた連中も混ざってきて、そこら中で殴る蹴るの喧嘩が起きる。


 その中でも俺は特に人気の的で、いつの間にか周りに人の輪ができていた。


 一発殴られ、後方へ突き飛ばされたと思ったらそちらから蹴り飛ばされてまた中央に戻される。多勢に無勢で、こうなるともうどうしようもない。


 人垣がまるでプロレスのロープのようにたわみ、俺はその中でただただ翻弄されるばかりだった。


 昔、リンチでボコボコにされた人が亡くなった事件があったよなぁ、とぼんやり思い出す。俺も同じようにこのまま死んだっておかしくない気がした。かろうじて頭だけは守っているが、それもいつまでもつかわからなかった。


 王子やレオは俺が死んだと知ったら、鼻で笑うだろう。国王への説明は多少めんどうに思うかもしれないが、きっとその程度だ。あいつらには痛くも痒くもない。


 椎葉はどうするかな。異世界に来てしまった者同士、俺には多少執着していたようだったから、またあの一人称モードになって泣くかも。まぁ、でもあいつはどうでもいいな。


 気になるのはラナンだ。俺がもし再起不能になるなり死んだりしたら彼はどうなる? 彼もまたかつての同期たちと同じように騎士になる夢を諦め、訓練所を辞めることになるのではないだろうか。


 どんな経緯でラナンが今のような立場に追いやられたのかは知らない。だけど、もし彼が筋骨隆々のマッチョで見るからに強そうな男であれば、少なくとも今日のような事態は起こっていなかっただろうと思う。


 俺もラナンもここで自分の意志を貫くには弱すぎた。弱いなら弱いなりに黙って耐えるべきだった。


 この世界で自分の言葉を口にするにはそれなりの力がいる。逆に言えば、力がなければその権利すらないということだ。


 理不尽だと思う。けど、理不尽だと訴える権利すら今の俺にはない。


 弱いから。


 強くなりたい。自分の意志を貫くだけの強さが欲しい。高望みはしない。尊厳を守るだけ、それだけの強さでいいんだ。


 強くありたい。


 ──ならば、呼べ。我の名を。


 聞き覚えのある声が、耳元で訴えた。己の名を呼べ、そうすれば選択肢を与える、と……。




 ……この真っ暗な空間に来るのは三度目のことだ。


 ラナンに界の説明を聞いた今ならわかる。ここは、さっきまで俺がいた界じゃない、別の界だ。たぶん竜神が俺をここへ移動させたんだろう。


 ずいぶん久しぶりにここへ来たように感じられるが、実際はあれから一月ほどしか経っていなかった。これまでの生活が濃厚すぎたんだろう。


「もう少し早く呼べばよいものを」


 目の前には闇に溶け込むほどに黒い鱗を持つ竜神がいて、静かな目で俺を眺めていた。


「……俺にもプライドがあるもので」


 二度と顔を見せるなと言った手前、そうほいほいと意見を覆すわけにはいかない。今でさえ、我ながら立派な手のひら返しだなと思って呆れているのに。


 そもそも、チートって単語で思い出すまですっかり忘れていたんだけどな。


「いつ呼ぶかと冷や冷やしておったのだぞ。今なぞ、危うく死にかけておるではないか」


 そりゃ、あれだけの人数に囲まれてたらな……。


 さっきまでの状況を振り返ったところで、ふと疑問が生じた。


 俺がここにいる間、向こうはどうなっているんだろう。


「安心せよ。この界とお主のいた界では時の流れが異なる。こちらで一年過ごそうが、あちらに戻れば瞬き未満よ」


 ……精神となんたらの部屋をも上回るとんでも設定の場所だな。


 まぁ、そういうことならちょうどいい。どれだけここに引きこもっても、向こうに戻ったときのタイムラグがほとんどないと言うなら、願ったり叶ったりだ。


「神様、教えてください。俺、強くなりたい。どうしたら、俺は強くなれますか」


 神らしい静謐さを湛えた黄金色の目で、竜神はじっと見つめ返してくる。


「……最も手っ取り早く、またお主が受け入れやすいのは、我が与えた加護を強化することだがな」

「加護?」


 そしていかにも鷹揚そうに頷いた。


「お主をこの世界に呼ぶにあたり、いくつかの加護を与えた。さほど強力なものではない。人より多少感覚が鋭く、また体が丈夫になるというものだ。それもあくまでお主が快適に暮らせる程度だな」


 感覚が鋭く、また丈夫になる加護。言われてみれば思い当たる節は確かにあった。


 まず、耳はかなりよくなっていたと思う。王子たちと初めて会ったときあの二人の足音を誰より先に聞いたのは俺だった。


 それに間違いなく丈夫になった。昨日あれだけ殴られ蹴られしたのに、一晩寝ただけで今日は朝からそこそこ動けていたんだ。もちろん体は辛かったんだけど、普通では考えられないことだと思う。


 知らない間に加護の恩恵を受けまくっていたみたいだ。


 この加護を強化してもらえば、俺はすぐさま強くなれるらしい。


 もちろんなりふり構っていられる状況ではないんだけど、これ以上の加護をもらうのもちょっと抵抗がある。思い当たってみれば、今でも十分チートなんじゃないかって気がするしな……。


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