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17.今はまだ小さな牙 -1-

 起きたらタコ部屋の二段ベッドだった。


「俺、意識失いすぎじゃない? か弱すぎない?」

「アヤトは闘争と無縁に生きてきたんだろうなってことがよくわかったよ。最後、躊躇ってたでしょ」


 ラナンが振り返って言う。今回もまた彼が手当てをしてくれたらしく、その手には救急セットがある。


 鏡で見てみると、とにかく腫れがひどかった。別人のような形相になっていて、我がことながらちょっと笑ってしまった。


「でもあの後褒められていたよ。アヤトは目がいいって。あと勘もよさそうだとか言ってたかな」

「目と勘ねぇ……」


 自分ではそんなふうに感じないが。どうせなら目に見えて強いとか、そういうのであればここまで舐められることもなかったろうと思う。


 チート級とまではいかなくても……。


「あ」


 チートって単語を最近聞いたような、というか間違いなく聞いた。この世界に来ることになった一番最初の頃だ。竜神が女の人と言い争っていたとき確かに聞いた。


「どうかした?」

「いや、なんでもない」


 どちらにせよ今更な話だった。


 俺は別にチート級の特殊能力をもらって無双したいわけじゃない。もしそんな能力があったとしても、絶対に今よりややこしいことになるとわかりきっているからだ。


 いかにも戦争の最前線に放り込まれたりしそうじゃないか。この国の外交がどんな状態なのかは知らないけどさ。


「とりあえず食堂に行こうよ」

「そうだな」


 ラナンの提案に、俺は一も二もなく頷いた。ハードな一日だったからだろう、死ぬほど腹が減っていたのだ。


 食欲が戻ってきたのは喜ばしいことだと思う。東の宮に閉じ込められていたときはまったく食べる気になれなかったから。


「おー、今話題の人じゃん」

「聞いたぜー、ラナンは教官相手に啖呵を切ったんだって? 健気だねぇ〜」


 ……だけど、食堂に行こうとするとこの手合いに絡まれる法則はなんなんだろうな。


 入口の前に立ちふさがるようにして、六人の訓練生が待ち構えていた。昨日俺に洗礼とやらを施してくれた例の六人だ。


「通してくれませんか。腹減ってるんで」


 そうなのだ、俺は大変腹が空いている。こんなチンピラもどきを相手にしている暇はない。


 ラナンを庇うようにしながら男たちの間を通り抜けようとする。


「おー? なんだお前、ちったぁ見れる面になったじゃないか」

「怪我のおかげで色男になったな!」


 ……が、肩を掴まれてあえなく阻まれた。


 怪我で色男になるってどういうことだよ。それとうるさいから耳元でガハハ笑いするのはやめろ。


「新入りはカノジョに庇われて情けなくねーの?」

「ばっか、ラナンくんはこう見えてちゃんと()()()()から、男だから!」

「男っていっても、このナリじゃあな。騎士なんかより向いてる仕事が他にあるだろ。()()()()()、紹介してやろうか?」

「俺、ラナンならいけるかも」

「え、お前そっちの人だったの……? ないわ、いくらかわいくても男とかあり得ん」


 連中は口々にそんなことを言う。


 言い返してこないと見ているのか、本当に好き放題に言ってくれる。


 こいつら、人のことをなんだと思ってるんだ? 騎士になんてなりたくないってぼやいた俺にはあれだけ怒っておいて、他人にはそういうことを言うのか。


「どの口が──」

「うるさい! 僕は絶対に騎士になるんだ。お前らにどうこう言われる筋合いなんてない!」


 反論しようと俺が口を開くより先に、ラナンが吠えた。


「……ああ? 先輩に対する口のきき方がなってないんじゃねえの」

「はぁ? 先輩なら先輩らしく、後輩を正しく導いてから偉そうにしたら? 洗礼とかなんとか、もううんざりなんだよ! 新人を使い物にならなくして、一体なにが楽しいんだ。お前たちのせいで僕の同期は全滅したんだぞ!」


 ラナンが、めちゃくちゃ怒っている。


 いいぞもっと言ってやれと応援したい気分だったが、まさか本当に口にするわけにもいかない。それに少しまずい状況になってきた。


 食堂の中にいた連中がこの騒ぎを聞きつけて、扉からこっちを覗いている。ここで俺たちが喧嘩を始めたら、あいつらも出てきててたちまち乱闘騒ぎになりそうだった。


「そうは言ってもなぁ。根性のないやつはどうせすぐつぶれる。それなら早めに現実を見せてやるのが先輩の役目だろ」

「そうそう。あの程度で辞めるやつに騎士なんて務まらないって。貴重な時間を無駄にしなくて済んだ分、感謝してほしいくらいだぜ」


 向こうの言い分を聞いていてふと思った。ラナンの同期はもしかしたら俺以上の洗礼を受けて辞めざるを得なくなったのかもしれない。ラナンが最初から俺に親切だったのは、そういう事情があったからかも……。


「それを……、それを決めるのは、お前らじゃない!」


 ラナンは一際大きく叫ぶと拳を振りかぶって真ん中の男に突っ込んでいった。


 予備動作がほとんどなく速い。今日の午後の乱戦で一番速かったやつもそこそこだったが、あいつと比較してもなお速い。


 だが、小柄なせいで威力が伴っていなかった。


 完璧に決まった右ストレートだったが、殴られたほうは少しよろけただけで軽々と踏みとどまったのだ。


「やるじゃんラナン!」

「もっとやれー!」

「やられたら倍返しだー!」


 食堂のギャラリーから無責任な歓声が沸く。


「……許さねえ」


 ラナンに殴られた男が唾を吐き出し、呟いた。ギャラリーの歓声にも触発されたのか、その目は怒りのあまりギラギラと異様なほど光っている。


 まずい。


「お前ら、ラナンをひん剥け。お前は新入りを抑えとけ」


 俺たちは最初から数で負けてるんだ。相手にするべきじゃなかった。冷静に聞き流しておくべきだったんだ。


「身の程を思い知らせてやる。二度と歯向かう気が起きないように」


 身を翻そうとしたラナンが、まず二人がかりで捕まえられた。三人目がラナンの襟首を強引に引っ張り、釦が弾け飛ぶ。


 後方のギャラリーが口笛を吹いた。


「ラナン! くそっ、離せッ!」


 後ろから羽交い絞めにしてくる男の鳩尾に肘を突き入れ、力尽くで拘束を抜けた。昨日はこれで身動きを封じられたので、実は対策を考えていたのだ。


「新入りは黙って見てろ!」


 そういってリーダー格の男が殴りかかってくるのを、ぎりぎり避けた。その勢いのまま、ラナンに群がる男たちに体当たりをかます。


 俺は身長がある分、体重もそこそこある。もとの世界にいたときに比べるとかなり痩せたが、それを補って余りあるほど勢いがついていた。


 肩から思いっきりぶつかった。当然、男たちも俺もバランスを崩す。


 ドミノ倒しのごとく倒れ込む寸前、ラナンと目が合った。


「逃げろ!」


 逃げてトイレにでも立てこもっとけ!


 あまりにも周囲が騒々しいので、その声が届いたとも思えない。が、目線だけで十分に伝わっていたらしく、ラナンは一度唇を噛みしめると俺たちの下敷きになる前にさっと抜け出した。


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