16.その先で待つもの -5-
朝食の後は、重量物を背負ってのいわゆる筋トレと長距離とインターバル走を組み合わせた走り込みをあわせて三時間半ほど。正直、この時点で相当きついし、走り込みなんてほとんど最後尾だった。
ぜえぜえ言いながら「こんなの毎日やるの?」と尋ねると、ラナンも少ししんどいのだろう、言葉少なに「毎日」と教えてくれた。嘘だろう……。
これで午前中がほとんどつぶれる。早めに昼食をとらされ、そのあと一時間訓練所全体の清掃。
男ばっかり七〇人近くが生活している場所なので、毎日二回掃除をしてもそう綺麗にはならない。でもやらないとやらないで荒れていく一方なんだそうだ。
朝のあれの後では、掃除もかなりの重労働だった。なんせ、掃除機という便利な代物がない。あれはとてもいいものだったんだな、と心から痛感した。
午後の訓練は日替わりだが、午前の基礎に比べてより実戦的な内容になる。
今日は刃をつぶした訓練用の剣で打ち合いの練習らしい。
「本物の剣なんて初めて見たんだけど……」
握ったブツを、途方に暮れて眺めることしかできない。めちゃくちゃ重いんだよ、剣って。こんなものを片手で振り回したら、数回で筋肉痛になる自信がある。
「刃はつぶしてあるから、本物じゃないよ?」
握りを確かめるように数度振り下ろしていたラナンが、振り返りながら言った。
うーん、刃がないから本物じゃない、か。竹刀や木刀しか見たことのない俺からしたら、刃があろうがなかろうがこれは本物の剣なんだけど。
「そっちはサマになってるな」
「剣自体は昔から習っているからね」
そう答える口ぶりは、しかしものすごく憂鬱そうだ。
「長くやってるわりに全然強くなれないんだ。訓練所ではほとんど最弱。そういうわけで、僕とじゃつまらないかもしれないけど、今日は僕で我慢して」
「いや、俺は初めてだし。こっちこそ悪いな、ど素人で」
そんなことをいいながら、見よう見まねで礼をして、見よう見まねで剣を構えたところで、
「新入り! 新入りのアヤトはどこだ!」
俺を呼んでいるらしい声がした。
「……教官が呼んでるね、なんだろう」
嫌な予感しかしない。が、行かなきゃ行かないできっとまずいんだろう。
ため息をつきたくなるのを堪えて、声のする方へ向かった。
「お前か、アヤトは。お前は剣を使ったことがないと上から聞いた。それで一対一の訓練をしても相手に迷惑だ、こちらの組に混ざれ。俺が直接見る」
やたらとガタイのいい教官が、顎をしゃくって示した先には訓練生が五人。にやつきながらこちらを見ていた。
正直、このパターンには飽き飽きしている。
またかよという気持ちが顔に出ていたようで、教官がちょっと眉をしかめた。
「……乱戦の稽古と思って自由に打ち合え。ただし俺が止めろと言えば必ず従うこと、いいな」
「はい」
乱戦の稽古といえば聞こえはいいが、要するに教官公認のリンチってことじゃないだろうか。
おまけに今回は素手じゃない。いくら刃がないとはいえ、お互い金属の塊を携えている。当たりどころが悪ければ骨が折れるどころか最悪そのままお陀仏だ。
案の定、五人が始めの合図とともに一斉に俺に向かってきたので、思わず生唾を飲み込んだ。
……避けるか、打ち合うかしなければやばい。
どいつが一番先に来る?
速さで言えば左から二番目の小柄なやつだと思う。あれなら打ち合っても膂力と重量で勝てそうだ。一合打ち合って突き飛ばす、それで囲まれる前に距離を取るしかない。
相手を待つだけでなく、こちらからも迎え撃つ。
予想に違わず、二番目のやつは速いだけで純粋な力や剣の腕は大したことがなさそうだ。一瞬打ち合った状態で競ったが、すぐに押し勝った。
相手が尻もちをついた脇を通り抜けざま、転がっていた向こうの剣を思いっきり蹴飛ばしてやった。これで少しくらいは時間稼ぎになるだろう。
「……ほう」
教官がなにごとかを呟き、顎をさするのが視界の隅に見えた。
だが、まだ止めるつもりはないらしい。
気を抜いているような暇はなかった。すぐに次が追いすがってくる。
それはぎりぎりのところでかわして、三人目と打ち合った。
剣と剣がぶつかり、火花が散る。
その衝撃をまったく殺しきれなかった。腕がびりびりと痺れる。
まずい……!
俺の焦りが明確に伝わったらしく、相手がにやりと好戦的に笑った。
「握りが悪い! それではすぐに武器を失うぞ!」教官の怒声が飛んでくる。
言うのが遅いんだよ! こっちは初めて剣を扱う人間なんだぞ! などと文句を言う余裕はもちろんない。
案の定、二合目を打ち合う頃には完全に手が駄目になっていて、剣を取り落してしまった。
丸腰の俺に対して相手は武器を持っている。
もう駄目か……? いや、ここで諦めたら最悪死ぬ。それだけは嫌だ。
姿勢を低くして、向こうの膝を捕まえにいく。これは意表を突けたらしく相手はバランスを崩して後ろに転がった。
俺も一緒にこけているが、とにかくマウントは取った。
……だというのに、どうしてもその次の行動が取れなかった。拳を作ったもののそれを振り下ろすことに迷いが出てしまったのだ。
「なんで……」呆然と呟く。
一瞬のことだったとは思う。
だけど、その間隙を見逃すほど向こうは甘くないし、力のぶつけ合いに慣れている。横合いから別のやつが突っ込んできて、逆に殴られてしまった。
「そこまで、止め!」
殴られた拍子に地面に倒れ込み、同時にようやく教官のストップがかかる。
どうせなら殴られる前に止めて欲しかった。
倒れたまま見上げる空がぐるんぐるん揺れている。おかしいな、昼間なのに星が飛んでる……。
「脳震盪だな」
教官が冷静な声でそう言った。




