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13.その先で待つもの -2-

「そりゃあ、ベッドは空いてますよ。ですけど、やりすぎなんじゃ……」

「死にはしねえよ。適当に手当てしといてくれりゃいい。んじゃ、頼むわ」

「はあ……」


 ベッドに転がされる直前、そんなやり取りがあったと思う。意識があるようなないような曖昧な状態だったから、あまり自信がない。


「ここまで酷いのは久しぶりだ。君、一体なにをやらかしたんだ?」


 手が伸びてくる。


 反射的に身が竦んで、ひゅっと喉が鳴った。他人の手がなんだか恐ろしいものに感じられたのだ。


 手の持ち主は俺のその反応にどう思ったのか、眉をちょっとだけひそめた。


「……大丈夫。傷を見せてもらうだけだから」


 穏やかな声色だった。この世界にもこんな話し方のできる人間がいたんだ、と少し意外に思った。これまで嫌な奴にしか会ってこなかったから。


 その顔を改めて観察してみる。


 男だと思う。俺より一つか二つは年下だろう。中性的だが整った顔立ちで、まだ背もそんなに高くないようだった。


 暴力的なこととは無縁の人間のように思われた。少なくとも俺に敵意は持っていなさそうだ。


「うーん。肋にヒビくらいは入ってるかもしれないね。他も打撲がひどい。今晩あたり熱が出るかも……。解熱剤も必要だなあ」


 一通り傷を改めたあと、男──というより少年としたほうが正しそうだ──は独り言を言いながら立ち上がった。その拍子に、少年の栗色の髪がやわらかく揺れる。


「……悪い」

「いいよ、怪我したときはお互い様だからね。でも君の怪我、今日のだけじゃ……いや、聞かないでおくよ。じゃ、行ってくる。ちょっと待っていてね」


 少年はそのように言い置くと、医務室かどこかへ向かうのか、部屋を出て行った。


 改めて室内を観察すると、二段ベッドが壁際に四台設置された狭い部屋だった。ベッド以外にある家具といえば、古ぼけた衣装箪笥らしきものが八つ。衣装箪笥というより教室の隅っこにある掃除道具入れ、あれにそっくりだ。


 他のベッドの主は全員留守にしているらしく、がらんとしていた。


 窓から夕日が差し込んでいる。水をぶちまけられてからけっこうな時間殴る蹴るをされていたようだ。


 こんなに暴力をふるわれたのは、人生で初めてだった。ここまでされてまだ生きているのが不思議だとすら思う。人間、意外と丈夫にできてるもんだ。


 感心すると同時に、なんで自分がこんな目に合わなければいけないのか、という憤りが湧いてくる。


 きっと俺にも悪いところがあったんだろう。異世界の風習をよく知らず、不用意な発言をした。それが相手の気に障ったんだろうと納得のいく部分もある。


 だけど、それにしてもである。ここまでされるほどだろうか。異世界ってちょっと理不尽すぎると思う。


 今のところこれ以上ないくら冷遇されてるんだけど、誰だよ、超越者だから優遇されるとかいってたの。優遇されてるのって、椎葉だけじゃないか。


 ……そういえば、椎葉のことだ。


 あんな人だったんだな、と思う。


 一年のときに同じクラスだったとはいえ、正直そこまで話したことがあるわけじゃなかった。体育祭とか文化祭とか、そういう行事のときに用事があれば話す程度の仲だった。だから告白されたときもびっくりしたんだけど。


 女子と話しているのはあまり見なかったかもしれない。いや、話してはいたか。ただよくつるむような特定の友人はいなさそうだった。それも理由があったっていうことなのかな。俺が女なら、親しくしたいとは思えないもんなあ……。


 その椎葉にぞっこんっぽい第一王子と、王子の側近兼騎士らしいレオ。


 椎葉が絡まなきゃ、あの二人とはもっとうまくやっていけてただろうか。ああ、でも王子はあの目のことがあるから、椎葉がいなくても無理だったかも。レオも王子の腰巾着だしな。やっぱり、最初から無理だったかもな。


 とりとめもなくぼんやりと考え事をしていると、あの少年が紙袋を抱えて戻ってきた。


「ただいま。じゃあ、手当てするから」

「助かる」


 正直自分じゃ腕も上げられない有様なので、人にやってもらえるのは助かった。


 それにしても、この少年は怪我の手当てに慣れているようだ。手つきに淀みがまったくない。


「慣れてるんだな」

「ここじゃ、怪我は日常茶飯事だしね。同室者同士、手当てし合ううちに自然とね。君もそのうち覚えるよ」


 そういうことらしい。ここはずいぶんハードな場所のようだ。


「ごめん、やってもらってるのに名乗ってなかった。俺、佐倉礼人」


 そういえば言い忘れていたと思って自己紹介すると、少年はぎょっと目を見開いた。どこからどう見ても驚いていた。


「びっくりした! 苗字は名乗っちゃ駄目だよ! ええっと、(あずま)の国出身みたいだから名前はアヤトのほう?」

「ああ……うん、そう。俺、なにもわかんなくて……苗字って名乗っちゃ駄目なのか?」


 少年はこくこくと頷いた。


「騎士になるまではね。ああ、僕はラナン。よろしくね」

「よろしく」


 少年の名前はラナンというらしい。口ぶりからして苗字はあるのだと思うが、名乗ってはいけないというのは本当らしく、下の名前だけを教えてくれた。


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