53.超越者 -4-
「一週間後には傷も治る。命に別状はないが、念のため医者を」
神様のその言葉を聞いて周囲が安堵したように息を吐いた。
とくに王妃は気が気でなかったことだろう。
そのころになってようやく御典医が数名と女官らがやってきて、意識のない国王と王女を慎重に運び出していった。
とりあえずは、これでひと段落だ。この国の後継者問題は解決したし、カナハ嬢は占いの娘という忌まわしい立場から解放されて自由の身になった。
最後に残っているのは、俺の足元で這いつくばっている王子と、その不愉快な仲間たちの処分だが……。
王子のつむじを眺め、努めて平らな口調で話す。
「……さて、カルカーン王子殿下。まったくの私情でもってラナン・ローレンを殺し、占いを軽んじ、カナハ・ローレン公爵令嬢をいわれなき罪に問うた挙げ句、後継者たるジルムーン王女殿下を傷つけたあなたに相応しい罰とは、どういうものでしょうね。俺としては……なんでしたっけ。ああ、言語道断、万死に値する……死をもって償え、と言いたいところですが」
俺以外に言葉を発する者はいなかった。誰かが身じろぎするような気配も一切ない。風の吹きすさぶ音だけが聞こえる。
あまりに静かなものだから、辺りを見渡してしまった。
カナハ嬢も王妃もレオもエルネストもアーヴィンも、そしてそれ以外の客も、全員が凍りついたようにこちらを見ていた。
「アヤト、真なる力を引っ込めろ。皆が気絶する」
「ん、ああ。それでですか」
喋っている間に感情が昂ぶって目の色が変わっていたらしい。
目を瞑って何度か深呼吸をする。
「これでどうですか?」
「おお、戻ったぞ」
よかったよかった。
王子の上に乗っかったまま、俺は王妃を見上げた。
「さて、この方にはどういった罰が妥当だと思われますか」
「……王位継承権を剥奪します。ただし竜人でいらっしゃいますから、命まで奪うことはできません。王家には罪を犯した王族を幽閉するに相応しい場があります。カルカーン王子については、そちらへ入っていただこうかと」
なるほど。ずいぶん手ぬるいように感じるが、元より王子に思うところのあるらしい王妃がそう言うのなら、一般的には正しい対応なんだろう。
「私をあのような穢らわしい場所に──」
足元の王子がわめきかけたので、かつてレオにされたように腎臓のちょうど真上あたりに膝を押し当てた。うぐっと蛙の潰れたような声を上げて王子が沈黙する。
「ではレオ・ルンハルト、エルネスト・ルフレンス、アーヴィン・ラウンズベリーについては?」
壇上の三人を見やる。
レオは吹っ飛んだ右腕の先を回収しており、引っつけようと切断面にあてがっている。腕の出血は止まったようだが、まだくっついてはいないようだ。
「レオ・ルンハルトの騎士爵を剥奪します。その上で三人とも御家からの放逐と」
御家からの放逐──つまり貴族としての身分を剥奪されるということだ。三人の名はすべての公的な記録から削除されることになる。
うん。この三人については妥当だろう。
レオの利き腕は、例えくっついたとしてももう剣は握れない。左手を右手と同じ水準にまで鍛えることができれば、傭兵なりなんなりで身を立てることはできるだろうが、それは本人の努力次第だ。
ルンハルト騎士団長には、近いうちに騎士団長を辞してもらおう。あの人が騎士団長だったのは、レオが王子の側近を務めていたことが大きいし、他に騎士団長を務めるべき優秀な騎士がたくさんいる。
なんなら当面はユキムラに側近業務と兼任してもらったっていい。
エルネストはルフレンス家の長男で一人息子でもある。跡継ぎのいなくなった宰相家は、親戚筋から養子をとることになるだろう。
王女は科挙に興味津々だった。すぐに平民を事務官に採用する制度を作るはずだ。
エルネストに本当に才覚があるなら、いずれ事務官として登用されるだろう。ルフレンス家の名の通じないところで一度頑張ってみたらいい。
アーヴィンは伝手がありそうなので、貴族でなくなっても意外となんとかやっていけそうな気がする。元々家督にあまり関わらない次男だし、こいつがあまりダメージがないかもしれない。
……残るは椎葉、ただひとりだ。
椎葉を見やると、向こうは何を期待しているのか急に顔を明るくした。
「礼人くん、あのね。私、本当はずっと──」
椎葉が何を言おうとしているのか、最後まで言われずともわかるような気がした。どうせ本当はずっと俺のことが好きだった、今ようやく本当の気持ちに気づいたとかなんとか、そんなことを言おうとしているのだろう。
そんな馬鹿げたことを耳に入れたくもなく、話している途中だったが遮らせてもらった。
「竜の巫女の処遇については俺から提案があります」
確か椎葉の大好きな乙女ゲームやそれを題材にした小説では、悪役の令嬢が辿る運命がいくつかあるんだったな。
椎葉のことを殺したいとまで思ったことはない。さすがにない。
だって、椎葉自身は何も考えず場当たり的に発言していただけだ。ただ無責任なだけで、そんな人は探せば他にいくらでもいる。
罪と言えるほどの罪じゃない。だけど、こいつだけなんの処置もなく今後もぬくぬくと東の宮で過ごしていくことは、俺が絶対にさせない。
これも、ただの私怨だ。認めよう。
俺はこの女が嫌いなのだ。
「どこか修道院に入ってもらいましょう。そちらで竜神スヴァローグと国民のために祈りを捧げていただくんです。祈りに集中できるよう、戒律の厳しいところがいいですね。どうです、巫女らしくていいと思いませんか」
こいつにはさんざん迷惑をかけられたんだ、俺だってこれくらい望んでもいいはずだ。
椎葉の顔が笑顔のまま固まった。
「あ、礼人くん? 何言って……」
「要件を満たす修道院は、ローレン公爵領にいくつかありますが……」
王妃が困ったような顔でカナハ嬢を見やった。
カナハ嬢は、神様の傍らで静かにことの成り行きを見守っていた。
新当主であるレナル・ローレンがああなった以上、公爵領が混乱するのは必至だ。王妃が躊躇ったのは、その公爵家にこれ以上の厄介事を押しつけていいものか、という配慮だろう。
「……ローレン家に新しい当主が立つまで、私が一時的に当主代理を務めます。その当主代理の権限でもって、姫巫女様は我が領でお引き受けいたしましょう」
「そうですか。あなたには苦労をかけますね」
王妃はカナハ嬢に労るような微笑みを見せた。
「とはいえ陛下もあのご様子ですし、ジルムーンも一週間は眠ったままのようですから、すぐにというわけには参りませんね。王子や竜の巫女の処分より先に、ジルムーンの立太子を済ませることになるでしょう。それでよろしいですか、超越者様」
大変結構だと思います。
俺が頷くと、王妃は露骨にほっとしたような様子を見せた。




