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52.超越者 -3-

「ところで、神様。あなたが話すたびに皆さんが大変なので、小さくなってもらえませんか。できたらヒト型で」


 そのサイズでは、神様が一言発するたびにみんな転びかけるし耳を塞がないといけない。


「ん? ああ、それもそうだな」


 そう言ってしゅるしゅると縮んだ神様は、ホールに降り立つとほとんど同時に人間の姿に変わっていた。


 招待客はその姿を見ていっせいに頭を垂れた。国王や王妃、ジルムーン王女もそのあとに続く。


 立っているのが俺とカナハ嬢、それから神様だけになった。


 彼女には直接触れてしまったことを謝り、ぱっと離れた。


「……さて、カルカーン王子殿下。カナハ・ローレン公爵令嬢との婚約を無事に破棄されましたこと、謹んでお喜び申し上げます。おめでとうございます」


 当然のことながら皮肉だ。


「それで、そこの竜の巫女……椎葉さくらと婚約されるんでしたね。重ねて、お喜び申し上げます」


 王子の顔が訝しげなものに変わった。椎葉がよくわかっていないような顔で、ぱちぱちと何度か目を瞬きした。


「ここでひとつ申し上げたい。あなたは、さもご自身が次の王であるかのようにお振る舞いでしたが、それは多大なる勘違いというものです。あなたはまだ立太子も済ませておられず、立場上はそちらの王女殿下と対等でいらっしゃる」

「馬鹿な! ジルムーンなど話にならぬ! あのような脆弱な者が王になるなど……」


 叫び散らそうとする王子を、片手を振って制する。


「察しが悪いですね。あれだけ血がー血がーと騒いでおられたのに、まだお気づきでないんですか」


 ここにすべての前提条件をひっくり返す物が二つもあるのに、まだわからないらしい。


「俺の血でも、神様の血でも、どちらだっていいんですよ」


 どちらでもいいとは言ってみたが、王妃と王女に告げたとおり、彼女には神様の血を飲んでもらう。俺が彼女の血の主になりたくないからだ。理由はそれだけ。


 やりたくないことはやらない。今日ばかりは俺のやりたいようにやらせてもらう。


 王子が大きく目を見開いた。ようやくわかってくれたらしい。


 周りの客たちも気がつきはじめていて、


「待て、よもや系譜の上ではすでに……?」

「王子殿下よりあの者のほうが、より竜神に近いのではないか?」

「あの者の血を飲めば……」


 などという声が上がった。そして、その場の視線が俺からジルムーン王女へと移った。


 俺はエルクーン国王を見据えた。


「さて、国王陛下。次代の王に相応しいのは、カルカーン王子殿下とジルムーン王女殿下、どちらでしょう」


 王子のしてきたことが明らかになった今、いくら身内に甘い王とて告げるべき名はわかっているはずだ。


 その場にいる全員の視線が国王に集中した。


 いまだ王妃によって支えられた状態のまま、エルクーン国王は真っ青な唇を開いた。


 小刻みに震える声で、


「予の、後継者は、……」


 そこまで言いかけたものの、口を何度か開閉させながらどさりと床に倒れ込んだ。


 そして、信じられないことにそのまま意識を失った。


 後継者の名は告げられなかった。声が小さすぎて聞こえなかったのではない。そもそも口にしなかったのだ。


 王の王たる仕事を放棄したも同然だった。


 傍らで国王を支えていた王妃が、きつく眉を寄せた。


 俺もたぶん王妃と似たような顔をしていると思う。


 最悪だ。


 結局、エルクーン国王は息子であるカルカーン王子を見捨てることができなかった。切り捨てるべきを切り捨てられない、為政者としては最悪の王だった。


「陛下!」

「誰ぞ医者を!」

「待て、それより後継者は……」


 辺りが騒然としはじめる。


 仕方ない。


 こうなってしまった以上、俺が王女を呼び寄せ、その上で血を飲んでもらうしかない。一国の後継者選びに介入することになってしまうのでできれば避けたかったんだが……。


 そう思って口を開きかけたものの、ルナルーデ王妃のほうが早かった。


「静まりなさい! 陛下はジルムーン王女を後継者にご指名なされました! 私が、この耳で、しかと聞き届けました」


 王妃が立ち上がり、力強くその場に宣言した。


 言ってしまえば嘘である。


 国王は王子のことも王女のことも選べなかった。だが、そのことを知っているのは一番近くにいた王妃くらいだろう。


 もちろん耳のよすぎる俺と神様は別枠だ。


 疑う者は誰もおらず、意義を申し立てる者も誰もいなかった。


 王妃がいい仕事をしてくれた。エルクーン国王とは大違いだ。


「……では王女殿下、こちらへ」

「はい」


 歓声が上がる中、ジルムーン王女が段を下り、確かな足取りでこちらへ向かって歩いてくる。緊張はしていないらしい。血を飲むことへの抵抗も、俺と違ってほとんどなさそうだ。


 その背後で王子がゆらりと立ち上がった。


 王子は無言のまま足元に転がっていたレオの剣を拾い上げた。


 ほとんどの者は王女と神様のほうに集中していて、その動きに気がついていない。


 壇上にいるユキムラと王妃、そして王子の側近であるレオたちだけが、はっと表情を変えた。


 ユキムラたちが止めようと動くより、王子のほうがやや早かった。


「お前さえいなければ──」


 そんなことを呟きながら、王子が剣を振りかぶる。


 そこそこ様になっている構えだった。


 俺は、どうするべきか一瞬迷った。同時に、ジルムーン王女と目が合った。


 王女はかすかに苦笑いを浮かべた。諦観を滲ませたような切ないような笑みだった。


 そして、ゆるりと頭を左右に振った。


 直後、剣閃がジルムーン王女の背中を切り裂き、血がぱっと飛び散った。


 倒れ込んできた王女の体を支え、神様に預ける。


 すぐさま王子を床につき転ばせた。


 今日何度目になるのか、派手に飛び散った血を見て招待客の悲鳴が上がる。


「……神様、王女殿下を」

「お主な……。ああ、まあ今はやめておこう」


 神様が呆れたような顔で見てくるのを、気まずく思いながらやり過ごす。


 王女が斬られる前に止めようと思えば止められた。だけど俺は迷ってしまった。


 あの瞬間、王女が少しくらい負傷したほうが、王子を追い詰めるにあたり都合がいいのではと思ったのだ。


 ……ジルムーン王女は、間違いなく俺の考えに気がついていた。


 青白い顔をした王女から視線を逸らし、王子を後ろ手に拘束する。


「駄目ですよ、殿下。王女殿下は、今やこの国の正当な後継者でいらっしゃいますから」

「くそ! 離せ! 離せ!」

「よく見ていてください。あなたがずっと見下げていた王女殿下の格が、ご自分より上になるところを」


 神様が倒れ伏した王女の側に片膝をつき、自分の親指をかじった。そのまま指先を王女の口元に持っていく。


 まるで絵画のような光景だった。


「ジルムーン、我の血を今すぐ飲め」


 王女がこくりと頷いた。そうして自ら神様の指に口を寄せ、血を確かに嚥下した。


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