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51.超越者 -2-

 吹っ飛んだレオの右手が、王子の足元にぼてりと落ちる。


 剣はそのやや手前に落ち、回転しながら転がっていった。ホールより一段高くなった階段部分に当たって、音を立てて止まる。


「手、手が……俺の……」


 血の止まらない腕の根本をおさえ、レオが呆然と呟いた。


「お前の再生能力はどれくらいかな。このくらいなら、くっつきそうだけど」


 綺麗にすっぱりとやったのは失敗だったかもしれない。もう少し下手くそに斬ってやればよかった。


 まあ、それでも一度は完全に分かれた腕だ。くっついたとしても、右手で剣を振るえる日は二度と来ないだろう。


 刀を振って、べったりこびりついた血糊を払う。それがよく磨かれた床に飛び散って、ますますスプラッタな状況になった。


 レオは、絶望を滲ませた顔でこちらを見上げてくる。


「お前、なんで……? なんで、殿下を? 俺を?」


 滑稽だ。笑いだしたいくらい滑稽な顔だった。


 俺が一歩踏み出すと「ひっ」と悲鳴を上げ、レオは膝でにじって後ずさった。


 どんな気分なんだろう。悩みごとの相談にまで乗ってくれていた同僚が、急に立場を変えて牙を剥いたとき、そしてその同僚に騎士の生命線を断たれたときって。


 俺がレオなら、絶望するけど。


()()()()()()!」


 王子が目を光らせたまま、怒声を上げた。


 王子は、俺に自分の真なる力が効いていないことにまだ気がついていないらしい。


 王子の言葉を無視し、もう一歩レオとの距離を詰めた。するとレオはやや中腰になって、転びそうになりながら逃げだした。完全に俺に背を向けた格好だ。


 無様だった。去年さんざん俺を馬鹿にしてくれた男と同一人物だとは思えない。


 笑いそうになりながら、でもやっぱり笑えなくてその姿を見送っていると、王子が混乱もあらわに「なぜ効かない!? ()()()! ()()()!!」と叫んだ。


「……まだ、お気づきでないんですか」

「何?」


 何、と聞き返す顔がただただ間抜けだ。


 その顔を眺めながら、強くイメージする。壇上で偉そうにふんぞり返る男が、俺の前で膝をつく姿をだ。


 この日のためにずっと飼い犬のふりをしてきた。


 カルカーン王子をまっすぐに見据え、外向きの力を使う。


()()()()()()()


 俺はいい犬だっただろう?


 今度は、お前が犬のように這いつくばる番だ。


 王子が目を見開き、間抜け顔に拍車がかかった。その顔のまま、足が急に萎えたかのようにがっくりと膝をつく。


「……竜眼、だと。なぜ、お前が竜眼を。普通の人間がいくら多量の血を飲んだところで──」

「それがそもそも勘違いです。俺の血の主はあなたじゃない」

「私ではない? いったい誰が……」


 間抜けな顔だ。せいせいする。


「もちろん、教えてあげますよ」


 王子から視線を逸らし、顔を上げた。


 神様、出番だ。前座は楽しめてもらえたかな。


 俺はゆっくりと口を開いた。ずっと秘めてきた神様の真名を呼ぶためだ。


「我が真なる血の主、この世の理を守る者──竜神スヴァローグよ。眷属たる俺の声が、聞こえるか!」


 その瞬間、耳をつんざかんばかりの竜の咆哮が轟いた。


 窓ガラスがびりびりと振動する。いや、窓ガラスだけでなく建物自体が揺れていた。


 かと思うと、夜空をつらぬく閃光が走った。視界が一瞬真っ白に塗りつぶされるほどの強い光だった。次いで、まるで屋外であるかのような寒い風が吹き込んできた。


 あまりの眩しさに目を瞑る。


 強烈な閃光をやり過ごし再び目を開けると、フレスコ画のあった天井が手品のようにかき消えて、代わりにこちらを見下ろす巨大な黄金の眼が覗いていた。


 竜の形をとった神様だ。俺たちのいる迎賓館を見下ろしている。


「なかなかの演出ではないか」


 話すたび、大きな口の間から大人が腕を回してもとうてい抱えきれないような巨大な牙がこぼれ見える。


 どんな宝石よりも気高く光る黄金の竜眼と、つやつやとした漆黒の鱗。


 誰がどう見ても、消失したばかりのフレスコ画に描かれていた竜神スヴァローグそのものだった。


「派手にやってくれますね」

「お主が派手に演出をしたのだ、我も派手に現れたほうがいいであろうが」


 神様がカカカと口を開けて笑うと、普通の人間は立ってもいられないような暴風が吹く。


 そうと察して、慌ててカナハ嬢を助けに戻った。俺が触れていいものか一瞬ためらったが、悠長に許可を得ている暇はなかった。


 間一髪、肩を抱いて支える。


 他の客の中には、耐えきれずに転倒する者もいる。


 そんな中、王子と王子にしがみついて這いつくばっていた椎葉は、二人して呆然と神様を見上げていた。


「なぜ竜神が、このような……。なぜ、お前などの呼びかけに」


 王子が呟いた。


 なぜだなんて、おかしなことを聞くものだ。


 ちょっと首を傾げる。


 ……いや、おかしくはないか。だってみんな、俺が何者だったのかをすっかり忘れているんだものな。


 俺もあえて主張はしてこなかったから、そのせいでもあるんだが。


 王子と床に這いつくばったままの客たちをぐるりと見渡す。


「なぜって。……皆さんお忘れのようですけど、俺も異世界から来た超越者ですから」


 俺がそう言うと、王子はますます大きく目を見開いた。


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