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49.嘯く道化 -3-

 ホールがざわついた。


「殿下はいったい……?」

「突然何を……」


 事情がよく飲み込めていなさそうな者が半数。残りの半数は壇上の椎葉と、数段下のホールにいるカナハ嬢とをわけ知り顔で見やっている。


 遠方の地方領主などが前者、王宮勤めの者や比較的中央寄りに領地を持つ者が後者だろう。


「殿下、いったいどういうことでしょう。私の妹を捕まえ、王妃に相応しくないとは!」


 レナル・ローレンがこめかみに青筋を浮かべて怒声を上げた。


「それを今からご説明しますよ、ローレン新公爵」


 カルカーン王子がしたり顔で笑った。


「カルカーン、そなた──」

「陛下、お聞きください。レナル・ローレン新公爵とカナハ・ローレン公爵令嬢の犯した罪を」


 国王が何か言いかけるのを、再び王子が遮る。


 カルカーン王子は学園でのカナハ嬢による竜の巫女へのいじめ行為、天雎祭での暴行未遂、更には先日の誘拐に言及した。


「くだらぬ。すべてそなたやそなたの周囲の者の証言でしかない。そのようなことで──」

「恐れ多いことですが、陛下! 物的証拠がございます!」


 国王が訝しげに目を眇めた。


「エルネスト、例の物を」

「はっ、こちらに」


 招待客の中からエルネストが進み出た。その手に掲げもつのは、先日の椎葉誘拐を指示する手紙と天雎祭の招待状だ。


 国王が中身を確認する間、ホールはしんと静まりかえっていた。


「これは……」

「残念ながら誘拐犯には逃げられましたが、これが何よりの証拠です。いずれも公爵家の印があるのですよ。天雎祭の下手人も警備隊が捕縛しています」


 手紙は、ぱっと見は本物にしか見えない。国王が沈黙すると、代わりに招待客が再びざわつきはじめた。


「真実なのか?」

「竜の巫女を害したとなると……」

「相手は加護持ちだぞ。なんと愚かな」


 やがてそのような声が上がりはじめる。


「竜の巫女を害するとは、つまり我々竜人を害したも同然。そのような娘を国母に据えるとは、竜神スヴァローグの怒りを買ってもおかしくない。故にカナハ・ローレン公爵令嬢は我が妃に相応しくないと申し上げているのです!」

「馬鹿馬鹿しい! 非常に不愉快だ。我々は帰らせていただく!」


 国王が何かを言おうと口を開いたが、それよりもレナル・ローレンが動くほうが早かった。


 レナル・ローレンは、いつかのようにカナハ嬢の腕を掴んだ。


「お兄様……!」


 そうして、強引にホールを出ていこうとする。相当の力が入っているらしく、カナハ嬢が悲鳴じみた声を上げた。


「アヤト、あれを止めろ」

「はい」


 ここはとりあえず王子の指示どおり動いておくか。兄とはいえ、彼のカナハ嬢へのやりようは目にあまるものがあるし。


 俺はレナル・ローレンの腕を手刀で打ち、手っ取り早くカナハ嬢から手を離させた。ついでに足を引っ掛けて転倒させておく。


「ぐっ」


 なんの遠慮もなく転がしたので、かなり痛いだろう。ラナンの墓前で殴られたことへのささやかな仕返しだ。


「無礼な! こんなことが許されると──」

「よくやった、アヤト。おい、持ち物を調べろ」


 壇上の王子に頷き、レナル・ローレンの腕を後ろ手に拘束したまま跪かせる。そこへ警備に当たっていた別の騎士がやってきて、レナル・ローレンのジャケットを探った。


「これは……」


 薬包だ。それとどのように使うつもりだったのか、短剣まで見つかった。


 本当に持ってきていた。やっぱり馬鹿だ。


 騎士が包みを開けると、黒っぽい粉末状のものが現れた。


「ローレン新公爵が竜の巫女を害するために薬物を持ち込むという情報を、私の側近が掴んでいました」


 客のほうはそれで王子の話を信じたようだった。


「ローレン公爵は本当に竜の巫女を害するおつもりだったのか」

「竜神に唾吐くも同然ではないか」


 もはやざわついているどころの話ではなくなっている。


「違う! これはそんなものでは──」

「では何だと言うのです?」


 王子に尋ねられ、レナル・ローレンは沈黙した。答えられないようだった。


「ローレン公爵を連れていけ。中身について尋問するんだ」

「はっ」


 レナル・ローレンが後ろ手に拘束された上、罪人のように連れられていく。罪人のようにというか、王族の主催する宴に武器と薬物を持ち込んだのだから、もはや罪人以外の何者でもない。


 まったく同情するつもりになれなかった。


 貴族が聞いて呆れる。四公と名高いローレン公爵家の当主を務めるには、彼には足りないものがあまりに多すぎた。


 その姿を見送っていると、王子が「ローレン公爵令嬢、あなたもだ」と酷薄に言いのけた。


「サクラを襲わせるため、天雎祭に男を引き入れただろう」

「それは私の招待状では──」

「くどい! この期に及んでまだ言い逃れするか。証拠である招待状はこちらにあるのだぞ!」


 あの招待状だって偽物だ。


 ただし、周りの客はそのことを知らない。今しがた、目の前で兄であるレナル・ローレンのちゃちな捕物劇を見たせいで、カナハ嬢も同じ思想だと思われている。


 この場であれが偽物だと知っているのは、国王とカナハ嬢をはじめとした数人だけだ。


「婚約者から外すべきでは」

「そもそもローレン公爵が捕縛されたのだから、ローレン家の存続自体も危ういぞ」

「かといって公爵家の御役目を引き継げる者がいるのか」

「だが国母には相応しくない」


 声高にそのようなことが言われはじめる。


 招待状が偽物であることを知っている国王が、王子の主張を一刀両断にすればいい話だ。


 だがエルクーン国王はそうしなかった。


 というより、できないようだった。


 ぱっと見でわかるほど、具合が悪そうだった。顔から色という色がなくなっている。見るかぎり呼吸も浅そうだ。あれでは立っているのがやっとではないだろうか。


 さっきから王子に遮られてばかりなのは、倒れる寸前だからだと思う。

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