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48.嘯く道化 -2-

2/2です。

 ホールの手前で、エルクーン国王とルナルーデ王妃、それから貴族らしい若い男にエスコートされたジルムーン王女と合流した。


 久しぶりに会うエルクーン国王は、あれからまた痩せたように見えた。


 王妃はお元気そうだった。春にあったジルムーン王女の誕生会兼お披露目のときとは別人のようだ。隣の国王の顔色がひどいので、対比で健康そうに見えるだけかもしれないが。


 ジルムーン王女と目が合った。


 王女は苦笑を浮かべ、ゆるゆると頭を振った。


 最後に、ユキムラとアイコンタクトを交わす。ユキムラが顎を引くようにして頷いた。こちらも同じようにして頷く。ユキムラとは、今日のことはすべて打ち合わせ済みだ。


 王と王妃を守るようにしてユキムラが先頭に立ち、ホールに入ってゆく。そのあとに王子と椎葉、王女とエスコート役の貴族、レオ、俺が続いた。


 ホールに入ると、天井のフレスコ画がやはり一番に目につく。巨大な竜と少女が真ん中に配置された例の壮大な絵だ。


 今まであまり気に留めていなかったが、神様の話を聞いた今ならわかる。あの巨大な竜はきっと神様本人で、隣の少女は神様のかつてのお嫁さんだろう。


 ホールを彩るシャンデリアも夫人がたの宝石もすべてきらきら輝き眩しい。


 仕事で何度か参加した今までの夜会とは規模が違う。年に一度の聖花祭が参加する貴族の一番多いパーティーだと思う。


 王族の入場の伴い、華やかな笑い声やささやき声がすっと消える。招待客たちは頭を垂れて主君らを迎え入れた。


 杯を手に王が口を開いた。


「予がこの聖花祭の宴の主となって、実に三十年になる。三十度目の今夕も皆と共に過ごせることを喜ばしく思う。皆に伝えたいことがいくつかあるが、ひとまず国家の今後ますますの発展を我が御祖である竜神に祈り、杯を挙げよう」


 招待客たちは王のこの「皆に伝えたいことがある」という言葉を受け、近くの者と顔を見合わせつつそれぞれ杯を掲げた。


 その一角にカナハ嬢の姿があった。隣にはレナル・ローレンの姿もある。


 彼女は冴え冴えとした紺碧色のドレスを着ていた。表面にダイヤと真珠が縫いつけられた、目の色と同じ夜空のようなドレスだった。


 とても綺麗だ。俺の語彙力では、彼女の美しさに相応しい言葉が見つからない。


 目が離せない。


 そうして見つめていると、不意に彼女がこちらを見た。


 表情は、学園で再会した当初と同じく強張っていた。まるで仮面を被っているみたいだ。そのせいで彼女が今何を考えているのか一切読み取れない。


 ただ、彼女が俺から視線を逸したその拍子に、髪飾りが見えた。


 亜麻色の髪の上、ドレスと揃いであつらえたらしい真珠の髪飾りが光っている。


 三日月とケープルビナの髪飾りではもちろんない。


 気持ちを推測するまでもなかった。


 彼女は、俺にさらわれてくれるつもりがない。


 自分の心臓がぎゅっと縮こまるのを感じて、目を伏せた。


 振られてしまった。


 ……それなら仕方がない。


 手のひらをきつく握る。


 俺は、俺のやりたいようにさせてもらおう。


 あと先なんて考えない。八つ当たりとして、せいぜい派手にやってやる。


 俺の決意をよそにエルクーン国王のスピーチは続く。


「──予が即位して三十年、苦難の時を支えてくれた諸君にまず感謝を述べたい。最初の十年は、先の戦の負債を返すために必死であった。国土も国民も皆傷つき、疲れていた。この国がここまで持ち直したのは、皆の尽力のおかげだ」


 国王がそう述べると、招待された貴族たちは恐れ多いと言わんばかりに目を伏せた。


「次の十年で、予は父親になった。二人の妃がそれぞれに子を生してくれた。まさか予が父親になる日が来るとは、以前は思っておらなんだ。予の子を産んでくれた二人の妃に感謝を」


 国王はルナルーデ王妃に向かって微笑みを浮かべて見せた。王妃が片膝を折るようにしてお辞儀をする。


「直近の十年で、予は次の世代のことを考えた。皆も知ってのとおり、世界情勢は急速に変わりつつある。この十年で街の景色は一変した。大陸の一部ではあるが、蒸気機関車が走るようになった。そして四輪車が生まれた。いずれも近いうちに馬車に変わる輸送手段となるだろう」


 国王はそこで一旦言葉を切り、招待客の顔を見渡した。


「このような未来を、十年前に誰が予想できたであろうか。次の十年でなにが起こるのか、予には想像もつかぬ。……そうした中で、予は予の子らのために何を為すべきかを考えた」


 招待客らが再びお互いの顔を見合わせる。


「まずはカルカーン王子。王子とカナハ・ローレン公爵令嬢の婚姻を──」

「陛下、そのことで申し上げたいことがございます」


 王子が国王の言葉を遮った。こうしたスピーチの途中で王を遮るとは、失礼で済まされる話ではない。


 空気が凍りいた。


 国王が眉を寄せ、口を開こうとする。それより先に王子が、


「ゆくゆくは国母となる我が妃に、カナハ・ローレン公爵令嬢は相応しくありません」


 と先手をとって言いのけた。


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