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43.隧道の果てに -3-

 つまり王子やエルクーン国王の祖先は、目の前にいる神様ということか。別の竜なのかと思っていた。そうだったのか。人間モードの神様が王子に似ているな、と思ったことはあったが……そうか、王子のほうが神様に似ていたのか。


「国なんぞ常にどこかで滅亡し、また常にどこかで勃興しておる。あえて教えるまでもない、些細なことであろう」

「神様の基準ではそうかもしれないですけど」


 人間の基準だと国の存亡は決して些細なことではない。こんな国、滅んだっていいとさえ思っていた俺が言うのもなんだが。


「女のほうは若いうちに亡くなった。残した子に未練があったのであろうな、以来どこの世界に生まれ直しても、ふとしたことで魂がこの世界に惹かれ、境界を越えてやってくる。魂が同じなだけで、性質や人格はほぼ別人だ。生まれも育ちも違うから当然だが……それ故に余計に憐れで、不憫でな」


 その女性が世界の境目を超越してやってくることに気づいて以来、神様は加護を与えることにしたらしい。言葉で困らないように、言語の壁を越える加護を。そして、自身と周囲にちょっとした幸運をもたらす加護を。過去に契りを交わした女がせめて異世界で大切にされ、少しでも生きやすいように、と。


 ……それが俺たち超越者の加護の元々なんだそうだ。


 とはいえ、椎葉はその魂の女性ではない。椎葉は、俺が神様に呼ばれるときに接触していたせいで、巻き込まれる形でこの世界にやってきた。


 椎葉の加護は、境界を越えた当時俺とくっついていたために勝手についたもののようだ。あいつの加護は神様いわく最低限の言語翻訳機能だけらしい。


 そういうことだったんだ。女ばかりになるわけだ。俺が超越者なのかどうか、疑う王子の気持ちもわからないでもない。


 超越者についてはよくわかった。


「……その、ジルムーン王女について、お願いがあるんです」


 俺は意を決してそう切り出した。


 神様にはジルムーン王女の血の主になってもらいたかった。


 こんなことを頼むなんて、都合がよすぎるとは思う。だけどやっぱり駄目だ。俺はあの子の血の主になんてなりたくない。


「無理を承知でお願いします。神様に、王女の血の主になってほしいんです」

「いいぞ」

「……ですよね。でもそこをなんとか……んっ?」


 あれ? 今なんて言った?


「いいぞ、と言ったぞ」


 神様がにやりと口をつり上げた。


「お主、やはりなかなか勘がよいな。お主の言うとおり、我はあまり人間の名を覚えておらぬ。覚えている名と言えば、お主とユキムラ、それにジルムーンくらいであろう」


 ユキムラの血の主である竜が、神様とどういう関係なのかは不明だ。だけど、ユキムラが他の騎士たちよりもずっと神様に近しい存在なのは間違いない。神様がユキムラの名を覚えていたのはこのためだろう。


 じゃあ、ジルムーン王女の名前はなぜ覚えているんだ、という話になる。


「王女はかつて我の妻だった女にどことなく似ておる」


 ……そうか。ジルムーン王女の祖母は前回の超越者だ。つまり、神様の奥さんと同じ魂を持った人が、王女のおばあさんということだ。先祖返りのせいで神様に似ている王子と同様、似た部分があってもおかしくはない。


「お主のことだから、どうせ血を与える踏ん切りなど最後までつかぬだろうと思っておった。最初から言っておったであろうが、我を頼れと。いつになれば言うてくるのかとずいぶんやきもきさせられたわ。お主は他を頼らなさすぎる。それはお主の美点だが、欠点でもあるぞ」


 確かに、頼れとは言ってくれていた。


 だけど、こんな厚かましい願いを聞き入れてくれるとは思ってもみなかったのだ。いや、これは言い訳かな。どうせすげなく断られるだろうと思って、最初から諦めていた。気持ちを口にしようとすらしなかった。


「……では、お願いします。聖花祭の夜、俺はあなたを呼ぶ。その日、全部終わらせます」


 すべて自分でなんとかしなければと思っていた。きっとそれが間違いだった。


 周り全部を敵だと思い込んでいた。聞く耳を持たず、全部をシャットアウトしていた。


 血まで与えて助けてくれたのに、神様のことを信じ切っていなかった。従騎士に拾い上げ、剣のいろはを教えてくれたユキムラのこともずっと無視していた。異世界の人間だから分かり合えるはずがないと、はなからそう決めつけていた。


 俺は、人の好意をどれだけ無碍にしてきたんだろう。


「前もってジルムーンに説明しておくのなら、ついでに外向きの真なる力を使って見せてやれ。信憑性が増すぞ」

「ああ、確かにそうですね」


 自己嫌悪に陥りながら頷く。


「……わかっておらんな? お主、外向きの力を使うときだけ竜眼を発現しておるのだぞ。我はそれを見せてやれと言っておるのだ」

「えっ」


 竜眼って、あの竜眼か。神様とか、王子とか、竜人が持っているあの竜眼……?


 最近は目を瞑らなくとも真なる力を使えるようになってきていたが、まさか。


「信じておらんな。まあいい、一度鏡で見てみろ」

「……そうします」


 真なる力を使っているときに鏡を見ようだなんて思ったことがなかったので、まったく気がついていなかった。


「それで、あの娘っ子のことはどうするつもりだ? 会う決心はしたのだろう」


 娘っ子──カナハ嬢のことだ。


 気を取り直して、頷く。


「はい。もうすぐラナンの月命日ですから、ラナンに挨拶をして、その足で彼女のところへ」


 とはいえ、素直に公爵家を訪問しても恐らく会わせてもらえないと思うので、おおむね不法侵入することになるだろう。


 この際不法侵入だろうがなんだろうがどうだっていい。ここまで来たらなんでもどんと来いというような気分になっていた。


 ……だって、できちゃうんだから仕方ないじゃないか。


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