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40.師と弟子 -4-

 いや。今思い返せば、あるいは半分くらいはすでに捨てていたのかもしれない。


 でも最後の最後で踏みとどまらせたのは、結局……。


 ユキムラがやや目を細めた。


「何か、見えたか?」

「……少し」


 答えると、ユキムラは不意に笑い声を上げた。


 急に笑いだして、いったいどうしたんだ。


「少しか。相変わらず、()()()()()()


 ……あ。


 そう言われて、以前似たようなやりとりをした記憶が蘇った。確か初めて異形の討滅に出ることになって緊張していたときだ。


 あのときはまだ従騎士になったばかりで、いつも隣にはラナンがいた。


 急にカナハ嬢に会いたくなった。


 彼女と答えあわせをしたら、今なら少なくとも及第点はもらえる。なんとなくだがそんなような気がした。


 一瞬、本当にこのまま会いに行こうかと思った。だが、慌ただしくこちらへやってくる気配があり、それどころではなくなった。


「どうした?」

「人が……」


 誰かがこちらへ来る。


 普段からほとんど人通りのない回廊だ。わざわざこんなところにやってくるなんて、ユキムラか俺のどちらかに用事があるとしか思えない。


 ユキムラもそう思ったようで、お互い目を見合わせる。


「ユキムラ殿、こちらにいらっしゃいましたか! 至急お戻りください!! 故ラナン・ローレンの──」


 急き込んでやってきたのは、見覚えのある事務官だった。


 事務官は俺がいることに気がつくと、はっと口を噤んだ。そして俺の制服のひどいありさまに眉を寄せた。


「アヤトのことは気にするな。ラナンの生まれのことか?」

「さ、左様でございます。ご存知でいらしたんですか?」

「陛下がお倒れになる直前までその話をしていた。戻る。アヤトも来なさい」


 嫌な予感がした。


 雑巾とバケツはその辺の部屋に適当につっこみ、慌ててユキムラたちの後を追う。


 国王の執務室の隣、側近たちが集まって仕事をしている部屋は、完全なるお通夜ムードだった。


 例の新聞だ。見出しはかつてアーヴィンが言っていたとおりで、本文にはセンセーショナルな文言ばかりが並んでいる。ほとんどゴシップ誌のようなものだ。


「ラナン・ローレンが真実劣り腹の生まれであるなら、彼を次男として届け出たローレン公爵家は、戸籍を偽っていたことになる。未来の国母の生家であれば、なにをしても許されると言わんばかりの所業である。……(中略)……また、王立学園ではローレン公爵令嬢が竜の巫女を不当に遇していると噂も耳にする。このような女性が第一王子殿下の正妃として相応しいかどうか、諸君に改めて問いたい」


 新聞を持つ手が震えた。


 なにが「諸君に改めて問いたい」だ、白々しい。


「これは、本当なのか……?」

「いずれにせよ放置するわけにはいかん」

「議会は喜んで突いてくるぞ。平民議会の設立から話題を逸らせるんだからな」


 発行の日付は一昨日になっている。


 この話を聞いたのがちょうど一週間前のことだった。最短で国王の手元に報告書が届いていたとしても、差し止めは間に合わなかった可能性が高い。


 ……俺が、情報を掴むのが遅すぎたんだ。失敗した。エルネストとアーヴィンとの関係構築をもっと急ぐべきだったんだ。


 側近たちの囁き交わす声が他人事のように遠かった。


「事実であれば公爵家は……」

「嫡子を偽ったとなると、当主交代が妥当だろう」


 ローレン家が追い詰められてしまう。レナル・ローレンを動かせては駄目だ。


 ……次はどうする。どうすれば後手に回らなくて済む?


 ふと視線を感じて、そちらを見た。ユキムラが俺のほうをじっと見ていた。


 目が合うと同時にユキムラが力強く頷く。


 いや、これで完全に終わったわけじゃない。まだ大丈夫だ。なんとかなる。記事は出てしまったが、レナル・ローレンを止めることはできるのだから。


 俺ひとりではできない。だけど、ユキムラや他の誰かの力を借りればきっとできるはずだ。


 ユキムラのその表情に励まされ、俺は意を決して声を張り上げた。


「……皆さんは、王子殿下がローレン公爵令嬢との婚約を破棄なさろうとしていること、すでにご存知だと思います。今回のことは、婚約破棄に向けての布石です。殿下はローレン公爵家を追いつめ、新当主となるレナル・ローレンに竜の巫女を誘拐させるよう、人を使って働きかけるつもりでいらっしゃる」


 部屋にいる側近全員が、勢いよくこちらを振り返る。


「馬鹿な。レナルは殿下の御寵愛ぶりを知らんのか。竜の巫女を男に襲わせたところで、殿下のお気持ちが公爵令嬢に向くわけがなかろう」

「……だが、確かに息子のほうはやりかねない。竜の巫女さえいなければ、とレナルが言っているのを何度か聞いた。あれは恐らく殿下の読みどおりに動くぞ」

「おい、愚行をおかすなと先方に釘を刺しておけ!」

「それだけで足りるのか? あれの導火線は相当短いぞ」


 お通夜ムードだった執務室がにわかに慌ただしくなった。


 ラナンの件がこうして明るみになってしまった以上、公爵家は窮地に立たされるだろう。公爵家の当主が蟄居の上交代だなんて前代未聞のとんだ醜態だ。


 当然世論は傾く。平民議会設立を渋っている議会も、喜んで乗るだろう。


 再びユキムラと目が合った。


 その表情が「早まるなよ」と無言のうちに告げている。


 大丈夫だ、と頷く。


 うじうじとひとりで迷っているのは、もうやめる。


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