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35.ラナン・ローレン -2-

 カナハ嬢があの男たちと同列に扱われるなんて、虫唾が走る。


「ですが招待状がある以上、事情をお聞きしないわけにはいきません。それが本官の任務です」


 警備兵は俺が騎士だと見るや、条件反射のように鼻に皺を寄せた。


「事情を聞くだけであれば、ここで事足りる。それでも彼女を連行しようと言うのなら、貴官の名前と所属、階位を明確にしてください」

「むぅ……」


 警備兵が唸り声を上げた。


 その奥では彼女が複雑な表情でこちらを見ている。その物言いたげな顔から目を逸らし、俺は警備兵のいかつい顔を見やった。


 名前も所属もどうせ明かせはしない。制服を見るかぎり、公爵家の令嬢を強制的に連行できるほどの階級でもない。


「アヤト」


 王子がなんのつもりだ、と言わんばかりの表情で俺を見ている。


 なんとかこの場を取り繕い、王子を説得しなければならなかった。


「……あの男たちは現行犯ですし連行されてしかるべきですが、公爵令嬢は違う。招待状しか証拠がない以上、せいぜい学園での事情聴取が限界です」


 声を低くして囁く。


 筋は通っているはずだ。それに警備兵が落としどころを見誤ったのは事実だ。思わぬところで王族に会い、張り切ってしまったんだろう。


「このままでは、公爵令嬢がサクラ様を誘拐しようとしたことより、警備の横暴のほうが強く印象づけられてしまいます。連行を許した殿下への心証も悪くなりかねません。殿下からもご提案を」

「……確かにそうだな」


 少し間があったが、最終的に王子は頷いた。もっとゴネるかと思った。思っていたより聞き分けがよく、逆に驚かされる。


 前回のカナハ嬢尾行の件でそれなりの信頼を得たからだろうか。


「私の騎士の言うとおりだ。一室用意してくれ」


 王子がそう言ったので、カナハ嬢の聴取はなし崩し的に学内で行われることになった。


 カナハ嬢が教師に連れ添われて校舎に入っていき、当事者である椎葉と王子、レオがそのあとに続く。


 教師が聴取に同席するなら、彼女がひどく不利になることはないはずだ。ここの教師はみんな彼女寄りだからだ。


 遠ざかっていく姿を眺めていると、今度はエルネストとアーヴィン、リリアーヌ嬢がぞろぞろと顔を揃えてやってきた。


「あなた、さっきカナハ様を庇わなかった?」


 リリアーヌ嬢だ。この人も何かの配役が当たっていたらしく、衣装らしい赤いドレスを着ている。


 胡乱げな顔のリリアーヌ嬢を眺める。


 どう答えたものかな。さっき王子に伝えたことを同じように言ったところで、こいつらが納得するかどうか。


「……特に庇ったつもりはありません。あそこで行かせては、見過ごした殿下の評判に障りがあるかと思いました」

「意味がわからないわ」

「婚約者が連行されそうになっているのに、一切庇おうとしない男は問題でしょう。二人が不仲なところを、一般の客に見せるべきではない」

「ああ、確かにそれはそうかも。あっ、いえ」


 リリアーヌ嬢は納得しかけたようだったが、エルネストからの鋭い一瞥を受け、慌てて取り繕った。


「どうもね、僕には君が公爵令嬢寄りであるように見えるんです。前回の尾行のときから気になっているんですが」

「気のせいでは。前回はサクラ様のため、今回は殿下のご評判のためです」


 エルネストが眼鏡越しに探るような視線をよこしてくる。


 俺が仮にカナハ嬢寄りだったとして、その証拠はない。せいぜい疑えばいいと思う。俺のことをいくら疑ったところで、王子が俺を重用しているかぎり大した影響はない。


「……ふん。まあそういうことでもいいでしょう。しかし君、殿下にひとつご報告していないことがあるでしょう?」


 これには思わず首を傾げてしまった。


 王子に報告していないことなんてひとつどころか山ほどある。心当たりがありすぎてなんのことだかまったくわからなかった。


「ジルムーン王女殿下のことです。妃殿下から打診があったそうじゃないですか。どうして王子殿下にご報告しないんですか?」

「……ああ、そのことですか」


 エルネストの目が光った。


 足を引っ張るつもり満々といったところか。


「どうしてと言われても、まだお受けしてもいない話ですから。どうなるかもわかりませんし」


 そもそも王子に報告する必要のある事項だと思っていなかった。普通、部下のまだ決まってもいない婚約話なんて聞きたいか? 少なくとも俺なら興味がないし聞きたくないが。


「えっ!? まさか断るつもりなのかよ。嘘だろ。俺なら一も二もなく受けるぞ」


 アーヴィンがぎょっと目を剥いた。


「なんて朴念仁なの……」


 リリアーヌ嬢まで得体の知れないものを見るような顔で絶句している。


 そんな反応をされるとは思っていなかった。朴念仁と言われるほどのことだろうか。


「お受けしたほうがいいんでしょうか」

「いや、むしろ何言ってるんだお前」

「王家の打診ですよ。断れるはずがないでしょう」


 アーヴィンだけでなくエルネストも心底呆れたような顔でこちらを見ている。


 そうか。断れるようなものじゃないんだな。もしかして王妃に考えさせてほしいと言ったこと自体とんでもないことか?


 この辺の感覚はいまいちよくわからない。俺がこの世界の人間ではないせいかな。


「……なるほど」


 俺が頷くと、エルネストは馬鹿でかいため息をついた。


「なんだか急に毒気が抜かれました。君のことがなんとなくわかった気がしますよ。君は、よく考えているようで実はあまり深く考えていない。いや、考えているのは目の前の仕事のことばかり。ずばり君は、毒にも薬にもならない人間ですね」


 なんて失礼な男だ。


「おい、この分ならこいつにも話していいんじゃないか?」

「私もそう思うわ」

「……そうですね」


 三人は顔を突き合わせてひそひそと相談しはじめた。


 待て、なんのことだ。


「ローレン公爵家について面白いことがわかったんですよ」


 エルネストが口元に嫌な笑みを浮かべた。


「この間亡くなったあそこの次男──ラナンとか言いましたか。彼は当主が別の女に生ませた劣り腹の子だったようです」

「……劣り腹?」


 聞き返しながら、胃の底のほうがざわついたのを感じた。


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