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34.ラナン・ローレン -1-

 白百合寮の女生徒たちが熱演する「眠れぬ夜はあなたと」を舞台袖から眺める。


 カナハ嬢や他の生徒たちはとても素人とは思えない演技力を見せているが、その中で主役の椎葉だけが浮いていた。練習中からそんな雰囲気はあったが、要するに椎葉が大根役者なのだ。


 歌や音楽の部分はかなりクオリティーが高い。貴族の嗜みとして声楽や楽器をやる生徒が多いからだろう。


 椎葉の演技にさえ目を瞑れば、学園祭の域を超えていると思う。


 椎葉以外の周りがしっかりしているので、特に目立つような失敗もない。カナハ嬢扮する悪女ディアーヌは順調に退けられ、それで無事に大団円となった。


 何度目かのカーテンコールが終わった。


 ……残るは、例の計画のみだ。


 視線を巡らせていると、客席にいる王子と目が合った。隣のレオが口パクで「そろそろだぞ」と言う。


 ほとんど同時に商人じみた格好の一般客が一人、舞台上の椎葉に話しかけた。


「握手してください。俺、あなたのファンで」


 男が花束を差し出すふりで、腰のポーチからナイフを引き出す。


「きゃっ」

「動くな! 巫女がどうなっ──」


 男の口上が終わるより先に、俺は剣帯から鞘ごと刀を引き抜いて相手の右手首を突いた。


 抜き身のナイフがすっ飛んでいき、客席から甲高い悲鳴が上がった。


「何!?」

「なんなの?」


 生徒や一般招待客に動揺が走った。まだ事情が飲み込めていない者がほとんどだが、いずれパニックが起こりそうだ。


 そこへ男と同じような身なりの男が九人、わらわらと寄ってきた。


「こうなったら力ずくだ!」

「やっちまえ!」


 なんの変哲もないテンプレどおりのセリフを口にしながら、それぞれ武器を手に勇ましく突っ込んでくる。


 ……ただし、それから三分もしないうちに全員が床に這いつくばっていた。


「殺してないよな?」


 レオが引きつった顔で言うので、軽く頷く。


 全部峰打ちだ。生死に関わるようなところは狙っていない。骨折くらいはしているかもしれないが。


「……最初からサクラ狙いだったな。いったい何者だ?」


 王子もちょっと引いた様子ではあったが、気を取り直したように打ち合わせどおりのセリフを口にした。


「学園内にいるってことは、少なくとも招待状は持ってるはずですよ」


 言いながら、レオが男の懐をごそごそと探った。目当ての物はすぐに見つかった。アーヴィンが写本師に依頼していた、例の偽の招待状だ。


 横から覗いていた椎葉が「あれ、この印って……」と相変わらずの棒読みで呟いた。


 演技が下手くそすぎるので、椎葉はもう黙っていたほうがいいと思う。


「……カナハ・ローレン公爵令嬢、とある。印もこのとおり。これはどういうことだ?」


 王子は眉間に皺を寄せながら、いかにも神妙な顔でカナハ嬢を見やる。


「私の……? いえ、でも」


 カナハ嬢が目を見開いた。その口紅に彩られた唇が、「誰にも渡していないのに」と動いたのが見えた。


「おい、なんでこんなことをした? 目的はなんだ?」

「た、頼まれた。竜の巫女をさらえって」

「誰に頼まれた?」

「女だ。若い女だった。竜の巫女に恨みがあるような言い方をしてた」


 生徒や一般客、その場にいた全員の視線がカナハ嬢に集中する。いつの間にか人が増えている。他の寮の生徒もずいぶん集まってきているようだった。


「まさか、カナハ様が?」

「恨みって、でも……」

「いや、おありだろ。ほら、殿下と竜の巫女の件で。寮則のことでもずいぶん……」


 カナハ嬢がふるふると頭を振る。


「あなたはサクラに嫉妬して……? しかし、いくらなんでもこのような、竜の巫女を拐かそうなど……」

「お待ちください! カナハ様がそのようなことをされるはずがありません!」


 金髪の女生徒が人垣の中から転がるような勢いで進みでた。


 その顔には見覚えがある。この学園にやってきた初日、王子から案内を断られたカナハ嬢を唯一庇っていた女生徒だ。


「どうぞ、どうぞよくお調べになってください! その招待状が本物なのかどうかを!」


 彼女のその発言で、風向きがやや変わった。


「偽物の可能性は、確かにあるよな」というような声が上がる。それを皮切りに、生徒たちが同調するような空気をかもし始めた。


 これが他の誰かであれば、生徒たちはここまで擁護しようとしなかったはずだ。生徒からの人望と信頼の厚いカナハ嬢だからだ。


 この雰囲気に反するのは、さぞ骨が折れるだろう。


「道を開けて!」

「遅くなり申し訳ありません!」

「不審者を捕らえろ!」


 警備兵や教師たちは、そのころになってようやく駆けつけてきた。


 男たちが縄をかけられ、順番に連行されていく。王子は一番偉そうな警備兵を一人を捕まえ、例の招待状を渡した。


「これが証拠の招待状だ。見ればわかるが、我が婚約者殿の名がある」

「なんと! ではそちらは物的証拠としてお預かりしましょう。恐れ入りますが、カナハ嬢もご同行いただいてよろしいですかな」


 よろしいですかな、と言いながら手にはすでに縄を握っている。同行と聞こえのいい言葉を使っているが、それでは連行と同じだ。


 その様子を見て、生徒たちに動揺が走った。


 ……それは()()()()だろうに。


「待ってください。公爵家の御令嬢であり学園の生徒でもある方をいきなり連れ出そうとは……。せめて学長なり寮監なりの許可を得られたほうがよろしいかと」


 さすがに止めに入らざるを得なかった。

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