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33.うしろ向きの肖像 -4-

 レオはレオで、自分が王子の手足の延長でしかないことがわかっていたらしい。


 王子のために騎士となったことを、後悔してはいないとレオは言っていた。もちろん嘘偽りない本心だろう。


 だけど、きっと無意識のうちに考えている。もしそのとき王子が死にかけず自分が騎士になっていなかったら、今のようではなかったかもしれないと。


 そして、血のことがなければ自分にだって俺と同じようなことができるはずだと頭のどこかで考えている。


 その無意識の欲求を少し逸らし、かつ満たしてやることは、とても簡単だ。


「……適材適所じゃないですか」


 踵を返し王子のところへ戻ろうとするレオの背中に、声をかけた。


「ん?」

「俺には殿下のお考えのことがあまりわからないですから。レオのように殿下の代わりに動く者も、俺のように全然別の考えで動く者も、どちらも殿下の治世には必要でしょう」


 これはまったくのでたらめではない。組織に必要な多様性というやつだ。どちらが必要でどちらが不要とか、そんな話ではない。


「お前は不必要なんかじゃない、必要な人間だ」と外から言ってやるだけで、レオの無意識の欲求は満たされる。


 レオはしばらくの間、俺の言ったことを噛み砕くように思案していたが、やがて「……そうかもな」と言って笑みを浮かべた。


「ここまで話すつもりじゃなかったんだ。だけどお前の顔を見てたらなんとなく言いたくなっちゃってさ。お前なら真面目に考えて答えてくれるような気がしちゃって、つい」


 レオのことを真面目に考えているつもりはないが、向こうがそうと解釈したものをわざわざ否定することもない。


 レオは苦笑いじみたものを浮かべ、「ありがとな。じゃあ、また」と言うと、今度こそ王子たちのほうへ向かっていった。


 その背を見送りながら考える。


 ……正直、うまく立ち回れていると思う。


 王子とレオの信頼は得られた。俺をやっかんでいたらしいエルネストとアーヴィンの鼻を明かすこともできた。


 順調のはずだ。


 なのに、ずっと不安だった。


 目を瞑るとすぐにカナハ嬢の顔が思い浮かぶ。その次は王女の顔だ。そして最後には決まってラナンの死に顔が鮮明に蘇ってくる。


 それに何より神様がいない。


 どうするのが正しいのかよくわからない。考えれば考えるほど、むしろ全部正しくないんじゃないかという気がしてくる。


 ずっと出口のない迷路をさまよっているような気分だった。




 天雎祭が目前まで迫ってくると、学園内はにわかに慌ただしくなった。


 当初は日本の高校の文化祭と似たようなものだろうと高をくくっていたが、とんでもない。天雎祭後は関わった商会の勢力図まで一変するというのだから、認識を改めなくてはいけなかった。


 梢の月──九月、天雎祭当日は秋晴れの気持ちいい天候に恵まれた。


 花火が打ち上がるとともに各門が開放され、招待状を手にした客がわっと押し寄せてくる。


 廊下の窓越しにその様子を見下ろしていると、すぐそこの扉が開いた。役者用の控室として用意されている教室だ。


 オフィーリア役のドレスに着替えた椎葉がひょっこり顔を出した。いつか聖花祭で見たときと同様、流行りのエンパイアドレスにまとめ髪の出で立ちだ。


「どうかな?」


 不安の中にも期待を滲ませ、椎葉が上目遣いで尋ねてくる。


 支度を終えた他の役者が続いて出てきた。その中にはもちろんカナハ嬢の姿もある。


 悪役ディアーヌの演出のためか、彼女は装飾たっぷりのヴィクトリア朝風のドレスだ。メイクもいつもよりずいぶん濃くされている。だけどそれで彼女の魅力が損なわれるかというと、決してそうではなかった。彼女のように仕草の美しい人が装いを凝らすと、品のよさが逆に引き立つんだと思う。


 そうして立っているだけなのに存在感がいつもの三割増しで、完全に椎葉を食っている。もはやどちらが主役なのかわからない有り様だ。


「……とてもお綺麗ですよ。似合ってらっしゃいます」


 俺は、カナハ嬢の姿を思い浮かべながら、椎葉の目を見て褒めた。こうしないと椎葉への誉め言葉が思い浮かばない。


「ふふっ。ありがと、嬉しい!」


 椎葉が笑顔で腕に絡みついてきた。


 ふと思った。


 これはもしかして周囲へのアピールか牽制のつもりなのかな。騎士を侍らせている私すごいでしょ、とかそういう……。


 一度そう思うとそのようにしか考えられなくなってきた。


 周囲の視線が痛い。


 あまりに居心地が悪く、絡みつく腕を離させた。


「いざというときに、刀が抜けないので」

「あ、そっか。ごめんね」


 椎葉は意外と素直に引き下がった。無意識でやってるのかそれとも意識してなのか、どちらかよくわからない。


 やや気まずい雰囲気になり、それを打ち消すようにカナハ嬢がぱんぱんと手を叩いた。


「一旦講堂へ行けば、こちらにはなかなか戻ってこられません。皆さん忘れ物はないですね?」


 女生徒たちに気を取り直させるためにか、声を張って言う。女生徒たちは素直に「はい」と声をそろえた。


 移動してしまうと、あとはもうなるようにしかならない。歌劇だけでなく、エルネストの計画もだ。


 今回アーヴィンが手配した男は全部で十人。「眠れぬ夜はあなたと」の劇が終わった直後、舞台装置撤収の混乱に乗じて椎葉を拐おうとする。


 俺がこれを防ぎ、椎葉の招待客としてやってきていた王子が、男の持っている招待状を検める。その招待状には、悪女「ディアーヌ」に扮したカナハ嬢の名前と印が押されている……という筋書きだ。


 いたって単純明快なマッチポンプ劇である。こんなガバガバな計画でいいのかと思わないでもない。失敗したらそれはそれで面白いが、王子の発言力は馬鹿にできないものがあるので、失敗しそうになってもゴリ押しするだろう。


 王子のこの計画のことは国王に知らせているが、「現場の判断に任せる」ということだった。現場──つまり、俺のことだ。


 招待状が偽物だとぶちまけることは簡単だが、そうすると俺の立場がなくなってしまう。流れを見てちょうどいい落としどころを見つけなければならない。これはこれで難しいことだった。


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