31.うしろ向きの肖像 -2-
「さっき俺、言いましたよね。『やっぱりあなたたちの仕業でしたか』って」
「……では、わかっていて邪魔をしたと?」
邪魔をしたと言うと多分に語弊がある。
「逆に感謝されてもいいんじゃないかな」
「勿体ぶった喋り方するんじゃねえよ」
アーヴィンがテーブルを指でとんとん叩きながら言った。苛ついているらしい。自分が優位に立てないと不機嫌になるタイプのようだ。
「喋るのはあまり得意じゃないんですが」
そう前置きしてから、俺は気合いの入った屁理屈を披露することにした。
このタイミングでカナハ嬢が誘拐されたら、誰だって謀略を疑うだろう。ラナンの死に次いで、あまりにも公爵家に不幸が続きすぎているからだ。
その謀略に王子が関与しているのでは、と考える者も当然出てくる。王子とカナハ嬢の不仲はすでに貴族連中の知るところだし、王子と竜の巫女の恋物語だって同じだ。
竜の巫女恋しさのあまり、王子が公爵家を罠にかけたのではないかと周囲が考えるのは、いたって自然な流れだ。
……というか、婚約者であるカナハ嬢を嵌めようとしているのは事実だしな。
王族のことだから、他の貴族は表立って騒ぎはしないかもしれない。だがローレン公爵家は違う。公爵家との婚約が破棄され王子が竜の巫女と婚約を結び直せば、当然王子の謀略を疑うだろうし遺恨が残る。それも超特大級の遺恨だ。
いつ着火するかわからない爆弾をわざわざ抱え込む必要はない。
「相手は公爵家ですから、この段階で敵に回していいことなんて何もないです」
今警戒されてしまうと、きっと後々の計画に響いてくる。
レナル・ローレン当主代理が竜の巫女を誘拐したことを理由に婚約破棄するなら、今回のエルネストの策は悪手でしかない。レナルが本命の計画に乗ってこなくなるかもしれないし、追い詰められたあまりより直接的な手段に出るかもしれないのだ。
誘拐どころでなく椎葉を本気で殺しにかかるかもしれない。
当然、避けるべき事態だ。あくまでも王子の側近としては、だが。
「サクラ様は自分で自分の身を守る術を持たない、普通の女の子です。彼女のためにも、不要なリスクを負うのは避けるべきです」
ここ最近で一番の長文を喋っている。
椎葉のことは別になんだっていいのだ。とにかく、自分の関与しないところでエルネストやアーヴィンが暴走し、カナハ嬢に危険が及ぶようなことを避けたい。今回はたまたま行きあったからよかったが、あの場に俺がいなかったらと思うとゾッとする。
「……もちろん俺は護衛も兼ねますから、お供しているときは全力でお守りします。その自信もある。でも今回のように留守にすることがある。そういうときに何かあれば、どうしますか。例え僅かでも彼女に危険が及ぶ可能性があるなら、避けるべきです。俺はそう思う」
腕組みをして俺の意見を聞いていた王子が、「ふむ」と頷いた。
手応えは悪くない。
「礼人くん、そこまで私のこと考えてくれてたの……?」
椎葉はと言うと、目を潤ませ感極まったような顔でこちらを見ている。
「以前申し上げました。あなたを傷つけるなにものからも、必ずお守りすると」
過去の自分の言葉を引用する。叙任式の日、かなり適当にだったが言った。
椎葉は半泣きの顔のままこっちに突進してきた。こちらから触れると王子の不興を買いそうなので、ひとまずされるがまま抱きつかれておいた。
「……お前の言いいたいことはよくわかった。サクラに危険が及ぶのは、確かに私の本位ではない」
王子は理解を示してくれた。ただ、椎葉が俺に懐いているのが気に食わないらしく、眉間のしわが深い。
本当に嫉妬深い男だ。
椎葉の背を軽く押して王子のもとに帰すと、王子の表情はそれでやや和らいだ。
「エルネスト、アーヴィン。なぜ今回のことを私に話さなかった?」
尋ねながら、王子はエルネストとアーヴィンのほうをよく光る竜眼で見やった。
二人の顔にさっと恐怖が走った。
まさに蛇に睨まれた蛙だ。
竜眼に怯える人間とは、傍で見ているとみんなこんなふうなのだ。神様の血をもらう以前の俺も、きっと同じような顔をして目を逸らしていたんだろう。
「っ申し訳ございません。功を焦りました」
「すみません。ただ殿下の覚えをいただきたい一心で」
顔色を悪くしつつ頭を下げた二人を見て、王子は複雑そうに唇を歪めた。
「……その意気は評価する。今後は事後ではなく事前の報告を望みたいものだな」
「はい。以後気をつけます」
「招待状の出来は非常にいい。この調子で今後も頼む」
「御意」
エルネストとアーヴィンは王子への怖れを隠しきれない様子のまま、部屋を出ていった。残ったのは俺とレオ、椎葉と王子、いつもの四人だ。
微妙な空気が漂った。
「……カーン、大丈夫?」
椎葉が心配そうに王子の顔を覗き込む。
「ああした反応には慣れている」
薄く微笑んだ王子は、それでもどことなく悄然としているように見えた。
気持ちを切り替えようとしてか、ため息をついて席を立つ。
「誰もがこの目を怖れる。アヤト、お前もかつてはそうだったな。特に、人一倍私を怖れていた」
確かにそうだった。
金色に光る竜眼が恐ろしかった。王子と目が合うだけで体が硬直したし、ひどいときはおこりのように震えが止まらなかった。
王子が苦笑いを浮かべた。
「お前にはこちらも思うところがあった。竜眼を見た者の恐怖の度合いは、どうも私の好悪によるらしくてな。お前のことは、ひと目見たときから気に入らなかったからな……」
そうした俺への感情とは逆に、王子は最初から椎葉を気に入った。あれは冗談抜きに一目惚れで、椎葉に心が惹かれるのを止められなかったという。
「だからこそ、平然とサクラの隣にいるお前が気に入らなかった。おまけにサクラに頼られ、それが当たり前のような顔をしている。名すら同じとあっては、冷静ではいられなかった」




