1.大禍時の告白
そこに神社があることは知っていた。
ユーチューバーがたまに撮影にやってくる、そこそこ人気の心霊スポットだからだ。荒れ放題なのでホラー系の実況動画にぴったりらしい。
昼日中でさえ不気味な場所だ。今くらいの時間帯はどうなのか、言うまでもない。少なくとも俺一人ならこんな時間には絶対に近づかない。普通に怖いからだ。
だけど目の前の彼女にとっては違うらしい。
「こ、ここで話すんだ?」
「ここなら誰も来ないから」
そりゃあ来ないだろう。
十九時を回ったところだ。日没時間が過ぎているので、辺りはどんどん暗くなってきている。いわゆる逢魔が時とかいう時間帯だった。
ちょっと話があるからと通学路から少し逸れてここまで案内されてきたのだが、話をするにはまったく相応しくない場所のように思われた。
緊張した面持ちの同級生を眺める。
椎葉さくら。去年同じクラスだった。それ以外の共通点はないので、正直なところ彼女がどういう人なのかよく知らない。
かわいいほうだとは思う。髪の毛はまっすぐで長い。目は大きくくりっとしていて、彼女の独特の仕草と相まって小動物のような愛らしさがある。
絶世の美少女ではないがそこそこかわいい。かわいいと声高に言われるほどではないがブスと罵られることは一生ないだろう。そういうタイプだ。
そんな人が俺になんの話があるのか、想像もつかない。
話とは一体なんだろうと思っていたら、
「佐倉礼人くん! あなたのことが、ずっと好きでした。私と付き合ってください!」
まさかの告白だった。
でも、である。
告白って普通こんなところでするか? もうちょっと場所を選ぶものでは?
「な、なんで──」
「えっと、礼人くんって結構かっこいいし、一年のときに優しくしてくれたし」
めちゃくちゃ食い気味で椎葉が言う。
違うのだ、聞きたかったのはそこじゃない。なんで告白する場所がよりにもよって心霊スポットなのかって、俺が聞きたいのはそっちだ。
もうちょっと他の場所があっただろう。駅前のカフェとかそんなのでは駄目だったのか。
「それに、私と名前が一緒でしょう? 椎葉さくらと佐倉礼人。初めて会ったときから運命だと思ってたんだぁ」
お、おう……。
「な、名前かぁ」
たかが名前と苗字の読みの被ったくらいで運命判定されるとは正直予想外だ。運命軽すぎないか。というか、運命がどうとか実際に口にする人が存在するとは思ってもみなかった。
断言しよう。この人は絶対にお付き合いしちゃいけないタイプの人だ。女性とお付き合いしたことは一度もないけれど、この予想はきっと正しいと思う。
ちょっとかわいいけど、駄目だ。初めての告白で一瞬嬉しかったけど、やっぱり駄目だ。
この人はきっと話が通じないタイプの人だ。
お断りしよう、そうしよう。なにか当たり障りのない理由を作って、無難にお断りするんだ。で、帰ろう。腹も減ったし、帰ろう。
「悪いけど、ほかに好きな人がいるから椎葉とは付き合えない」
「え、ウソ」
俺が断ると、椎葉はこれでもかとばかりに目を見開いた。あまりの動揺っぷりにうっかり少しかわいそうかもと思ってしまうくらいだった。
「ウソ! 好きな人って誰? うちの学校の人?」
でも、だからっていきなり腕にしがみついてくるのはやめてほしい。
「い、いや。違う」
「じゃあ、他校の人なんだ⁉ どういう人? どこで会った人なの?」
おまけにがくがく揺さぶってくる。
俺はされるがままで、内心めちゃくちゃ驚いていた。
異性にいきなり触られたことにはもちろんびっくりだけど、それよりも椎葉のこの様子のほうにだ。
なんだかちょっと病的なのだ。急になにかのスイッチが入ったみたいに、目を釣り上げてこちらを問い詰めてくる。告白前は緊張しつつも大人しやかな様子だったのに、今では別人のようだった。
そんな人を初めて間近で見たというのもあり、俺はたぶんけっこうテンパっていた。
よく考えもせず思い浮かんだ返事をそのまま口にする程度には混乱していた。
「どこって、塾で……」
いや、なに言ってるんだ俺。塾とか行ってないだろ。
と自分で自分にツッコミを入れるよりも先に、椎葉が叫んだ。
「ウソ!! だって礼人くん、塾なんて行ってないじゃん!」
なんで知ってるんだよ……。
心底疑問だったが、そんなことを聞けるような雰囲気でもなかった。
椎葉の様子ははっきり言ってちょっと異常だった。口角泡を飛ばすというのは、まさに今の彼女のことを言うのだろう。
椎葉によってさらに激しく揺さぶられながら、俺は明後日の方向をぼんやり見上げた。現実逃避だ。
「ねえ、教えて! なんでさくらじゃ駄目なの? なんでさくらにウソつくの? ごまかさないでちゃんと教えて!」
椎葉はなおもそんなことを叫んでいる。興奮しているせいかいつの間にか一人称まで変わっている。
騒ぎを迷惑に思ったのか、近くの木にとまっていたらしい鳥がばさばさと飛び立っていった。辺りはいつの間にかすっかり暗くなっていて、もう完全に夜だ。
こうなってくるとますます心霊スポットじみてくる。目の前の椎葉とあわせると完全にホラー映画の世界だ。
腕には椎葉の指がきつく食い込んできていて痛い。
椎葉は今や半泣きの有様だった。顔がぐしゃぐしゃになって鬼女のようでさえある。ちょっとかわいいとか評していた三分前の自分を殴りたい。
「みんなそう。なんでさくらのこと馬鹿にするの? 礼人くんもあいつらと同じなの? ねえ、なんで黙ってるの。ちゃんと、答えてよ!」
あいつらって誰だよ。意味がわからん。
それよりこの状況、どうなるの? 俺もう帰りたいよ。腹減ったし、椎葉はひたすらめんどくさいし。
……誰か、どうにかしてくんないかなぁ。
投げやりな気持ちでぼんやり思ったとき、応える声があった。
──小さき者。そなたの願い、叶えてあげましょう。
驚きのあまり肩がぴゃっと跳ねる。
椎葉の声ではない。大人の女の人の声だった。もちろん知らない人の声だ。
お化けっぽい感じではないけど、心霊スポットだからやっぱりお化けなのかな。小さき者って俺のことか。俺の願いって、なにかお願いしたっけ? あ、誰かどうにかしてくれとは思ったかも。願いってまさかそれのことか?
などと考えているうちに、俺の意識は暗転した。
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